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    • 2017.08.14 Monday
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    書評:ロン・カリー・ジュニア「神は死んだ」(白水社) ※猫町倶楽部月曜会 豊崎由美の猫町書評講座 第一回

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      【24】
      想定媒体 日本経済新聞

       神は死ぬ。本当に死んでしまう。そういう物語である。九編の短編で綴られる、現代の我々が生きるこの現実と奇妙にシンクロした世界において、神は早々に殺されてしまう。しかも、ただの人間に。
       神が殺されてしまったというニュースは、マスメディアやインターネットにより世界中の人々の知るところとなる。絶望に覆われた地球上のあちこちに、自殺、暴動、略奪、殺人と、ありとあらゆるカオスが現出する。何しろ神が死んでしまったのだから、そうした混乱も当然であろう。
       しかし、著者はそれだけのただのパニック小説を書きたかったわけではない。神が殺された現場は、この十年だけで四十万人以上が殺害されたとされるダルフール紛争の舞台であるアフリカのスーダンだ。そこでは神が死ぬ前から既に、略奪も殺人も日常の風景なのである。そうした阿鼻叫喚に何ら救いの手を差し伸べることができなかった無力な神は、まさに自らの無力さ故に殺されてしまう。我々は神が生きていようが殺されていようが関係なく、既に自殺、暴動、略奪、殺人の渦巻く世界に生きているのである。
       神が殺されてしまった後に残された人々の行動も滑稽だ。カオスに包まれた世界を絶望の淵から救い出そうとする人類は、神以外に頼れるものを見出そうとする。そして最終的には荒唐無稽なイデオロギーを作り出し、二大イデオロギーによって分割された世界は大戦の業火に包まれ、自殺、暴動、略奪、殺人と、ありとあらゆるカオスが現出する。おや?これでは元の木阿弥ではないか……。そう、神が死んでしまったことを知った人類は、自ら神の代わりとなるものを、いや、神そのものを作り出し、同時にあいも変わらず自らカオスをも撒き散らし続けるのである。しかしその救いようのないもの悲しき世界が、著者の筆にかかると仄かなユーモアと希望を見いだせるように読めてしまうのだから不思議である。いや、仄かなユーモアと希望こそが、この絶望的な世界で生きてゆくための手がかりなのだ、そう著者は言いたいのかもしれない。

      ------

      前回の
      書評:ラジスラフ・フクス「火葬人」(松籟社) ※猫町倶楽部月曜会ツアー豊崎由美回
      http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3813
      では豊崎由美評点は5点満点で2点だったけど、今回は29作品中2名しかいなかった4点もろたよ!(5点該当者は0)。
      前回は想定媒体をアニメージュにして、めちゃくちゃ横着して書きましたが、今回は日本経済新聞にして、苦労を買うことにしました。想定媒体はマニア向けのモノのほうが簡単なのよ。長々と解説しなくても、その分野のテクニカルタームやジャーゴンなんかをポンと出すだけで伝わるから。だから老若男女、バカでもチョンでもあらゆる属性の人々が読んじゃう新聞なんてのは一番難しい。しかも新聞の中でも日経新聞にしたんで、
      ・朝日とか産経と違いイデオロギー等を前提にした楽な書き方ができない。
      ・他紙とくらべてぶっちゃけ文芸書や文学なんて読まん読者ばかり
      という縛りが出てきます。
      わざわざそういう縛りを課した理由ですが、前回もそうだしみちこさんのライティングクラブもそうだけど、この手の私的に文章書く機会を得た場合、普段仕事ではできないことになるべくチャレンジしているんですね。
      もうひとつ今回は、どれだけ短い限定された文字数で書けるか挑戦!ということで、指定文字数上限1600文字〜下限800文字だったんで下限の800文字を目指して見ました。文章ってのは、長いものより短いモノのほうが難しいんですよー。
      それ以外に気をつけた点ですが、今回に限らずいつも文章を書く場合は、最初のつかみの部分と最後の結論は気合入れるようにしています。なんでかというと、自分が雑誌や新聞等の文章を読む場合、導入部と結論部だけ最初にざっと読んで、そこがダメダメだともう読まんからです。
      更にもう一つ書評書くときにいつも心がけているのは、あらすじを網羅して書くということにはこだわらないってこと。書評ってのは、その本を読んでいない人に「これ読みたい!買いたい!」って欲求を起こさせることが最大の目的なんで、あらすじをまとめることが目的ではない。あらすじを書いて「これ読みたい!買いたい!」って思ってもらえるのであればそうすれば良いが、大抵はそうはならない。ただでさえ限定されているスペースを浪費する結果になることの方が多い。それに、完璧なあらすじなんて読まされた日にゃ、読者は「もうこの本を読まなくても内容わかったからいいや!」ってなりかねないしね!

       

      書評:ラジスラフ・フクス「火葬人」(松籟社) ※猫町倶楽部月曜会ツアー豊崎由美回

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        【42】「火葬人」

         彼らは悪魔だったのか?
         ヨーロッパがアドルフ・ヒトラーによる災厄から逃れて70余年の歳月を経た現在でさえ、世界中の人々がそう問い続けている。
         なぜドイツ国民は彼を熱狂的に支持し、侵略、虐殺、破壊に手を貸したのか?
        「やつらは悪魔だったのさ」
         そう言い切るのことができるなら、この世界は実に単純だ。そしてこの国には、自信満々にそう断言し、彼らの言うところの「悪」を成敗する族が何と多いことか。自ら正義であることを露程も疑わぬそうした連中にとって、悪とはあたかも天から降ってきた恐怖の大王のごとき、敵対すべき外的な災厄に過ぎない。
         アニオタにとっては、そのような幼稚な世界観は既に74年の「宇宙戦艦ヤマト」によって葬り去られている。第一話で敵ガミラス人を「悪魔め!」と罵ったヤマトのクルー達は、最終的に和解よりも戦いを選んでしまった自らを恥じた。
         近年の作品ではさらに進み、11年放映の「魔法少女まどか☆マギカ」においては、悪はどこか他のところにあるのではなく、自分自身の中に存在するのだと主張するまでになる。いや、そもそも善悪という二元論さえほぼ捨て去ってしまっているのが、現在のアニメにおける潮流と言える。
         ヤマトより7年前に発表された「火葬人」は、現在の我々アニオタにとっての常識を先取りした先進的作品である
         第二次世界大戦前年の1938年、ナチスがドイツ系住民の保護を口実に隣国チェコスロバキアに圧力を加えたいわゆるズデーテン危機の頃から物語は始まる。チェコで火葬場の職員を務める善良な一市民コップフルキングルはナチスの影響が強まりやがてチェコ全土がドイツに吸収されて行くのと歩調を合わせるかのように、忠実なナチ党員としてユダヤ人虐殺に手を貸していくことになる。
         そんな彼は、不思議なことに最後まで善良である。ユダヤの血を引く妻と息子に自ら手をかけるのも、ユダヤ人である友人知人を密告するのも、邪悪さや残虐性からではなく、彼らの行く末を案じての善良さのためである。家族殺しや大量虐殺にまで手を染めることは、少なくとも善良な彼の中では何ら矛盾は存在しないのだ。
         これに対し、主人公をナチス党員に勧誘する友人ヴィリの姿に戸惑う読者は少ないだろう。ヴィリが入党した大きな理由は良い生活と名誉を得ることである。私欲のためにユダヤ人を踏み台にしたのだから、実にわかりやすい。しかしコップフルキングルは違う。彼にはそんな浅ましい欲は無い。結果はともかく少なくとも動機だけは、あくまで善良なものなのだ。そこにこの作品の不気味さがある。
         こうした不気味さ故、物語は終始ホラーじみている。「劇場版 魔法少女まどか☆まぎか[新編]叛逆の物語」でも見られたような、登場人物の全てに微妙な違和感が見られるのにすぐには何も事件が起こらない居心地の悪い展開。そしてそうした伏線がやがて破局へと繋がる。しかしそれは天から降ってきた偶然の破局ではなく、あくまでも日常の延長線上にある破局なのだ。
         善良な一市民を虐殺者にしたものは何だったのか。我々自身が同じ道を歩まぬためには何が必要なのか。現代のアニメ作品においても問われ続けているテーマについて、半世紀前に鉄のカーテンの向こうで生きた作者はいかに考えたのか思いを巡らしてみてはいかがだろう。

        想定媒体: アニメージュ

        菊地成孔;大谷能生「アフロ・ディズニー2」(文藝春秋)覚書2

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          前回http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3648の続き。

          前回の補足。点線の範囲の文は、忙しい人は飛ばしてOK。「アニメがニコニコ動画などに落とし込まれるとMADが流行る」みたいな話があったんで。

          ―――――

          職人によるアマチュアレベルのMADについては本文中でも触れられていますが、実はここ数年日本のアニメ業界においては、制作会社レベルにおいても、MADとほとんど変わらない遊び的改編やおまけ映像を作っちゃうことがよくあります。
          特にDVDやHPなどには「映像特典」などと称して、本編のパロディーや「もう一つのありえた未来」的な作品が収録されることが当たり前に行われています。
          そうしたデータベース消費型、他作品参照型のお遊びに一番力を入れているのが、恐らく前回出てきた「らき☆すた」や「涼宮ハルヒの憂鬱」「けいおん!」などを作った京都アニメーションで、特典やおまけだけではなく本編においても頻繁にそうしたお遊びをやっちゃいます。

          有名な例として「らき☆すた」と「涼宮ハルヒの憂鬱」。
          もともと他作品のギャグ・パロディー要素の強いらき☆すたですが、両方共京アニ制作という利点を最大限に生かし、ハルヒのパロディーを良くやります。これは企画段階からの意図的なもので、らき☆すたの主人公であるヲタ女子高生泉こなたの声優には、涼宮ハルヒ役の平野綾を起用しています。
          そしてらき☆すたの中においてヲタであるところの泉こなたは、涼宮ハルヒの憂鬱好きで平野綾の大ファンと言う設定です(原作漫画には無い、アニメ独自の設定です)。そんでもって、平野綾(自分)のコンサートに行くエピソードや、涼宮ハルヒのコスプレをしてハルヒのEDを踊るエピソードなどがあります(両方共アニメ独自エピソード)。

          まずはらき☆すたの前に、涼宮ハルヒの憂鬱のネタ元から。

          涼宮ハルヒ 自己紹介
          http://www.youtube.com/watch?v=Pjbwgy-MBWk

          で、らき☆すたでは、泉こなたが涼宮ハルヒの衣装着て働くコスプレ喫茶に友人たちが遊びに行くという設定。

          コスプレ喫茶
          http://www.youtube.com/watch?v=_onKpOQSWDM

          途中で出てくる男子生徒と女子生徒の会話(「うな重ちょうだい」から「よし!やっちまえ!」まで)も、涼宮ハルヒの憂鬱に出てくる有名なシーンの再現になっていて、男子生徒はハルヒに出てくる「きょん」、女子生徒は「長門有希」(前回もP82で出てきましたね)をイメージしており、声優も実はハルヒに出てきた本人たちがやっている。
          こういうのがヲタ心を刺激するんですね。
          「よし!やっちまえ!」の元ネタシーンは下の動画の4分40秒あたりから。宇宙艦隊戦SLGでライバルクラブと戦うけどずるされちゃって…というお話し。このエピソード「射手座の日」自体も、銀河英雄伝説とかガンダムとかヤマトとか色々なネタが散りばめられている。

          涼宮ハルヒの憂鬱 戦闘シーン集(3)(エピソード「射手座の日」より)
          http://www.nicovideo.jp/watch/sm10483681

          多分こういう、制作サイドによるいわば公式MAD的なお遊びってのは、同じ映像メディアでも映画とかドラマとかだと余り頻繁にはやれないですよね。「キャラ」と「声優」が分離しているというアニメの特性なんかが非常に大きく影響していると思う。
          ―――――

          P124下段L14「ありますよ。『マクロス』。『マクロスFrontier』はもう最高。『マクロスF』で最近もう萌えてて」

          ガンダム(79年)後に、その多大な影響の元に鳴り物入りで作られた「超時空要塞マクロス」(82年)。この時期はガンダムに衝撃を受けたアニメ界が、様々な「ガンダム以後」作品を競って作っていた時期。そうした作品群が消えて行く中で、マクロスはガンダム同様未だに様々な続編が作られ、最新の「マクロスF」は08年に放映された。現在当たり前になっている日本のロボットアニメの各種技法を確立した重要な作品。でもロボット物としてのストーリーははっきり言って個人的にはクズだと思う。宇宙空母ギャラクティカのパクリにしか見えないし。ガンダム以前ならともかく、少なくともガンダム以後にやるようなシロモノではない。ガンダム以前まで退行してしまっている。ただし、その後の萌えアニメにも通じるお馬鹿恋愛物として見た場合は、なかなかに革命的なストーリー展開ではある。
          一口に言ってしまえば、「ある日宇宙人が攻めてきて巨大戦艦一隻以外人類滅びちゃったんで何とか逃げ回っていたら、”文化”を持たない敵宇宙人がアイドルの歌に洗脳されカルチャーショックを受けちゃってなんだか平和になったね」ってお話し。
          マクロスシリーズは全て、ストーリー上「歌」が極めて重要な役割を果たしている。
          ファーストを含めてその後のマクロスシリーズは全て、個人的にはクズ扱いしてきたが、村上隆の言うように、最新のマクロスFはなかなか良かった。主に日本的萌えや日本的馬鹿を極めている点が。多分こんな発想のある意味平和ボケ的なアニメは日本人しか作れない。

          P124下段L18「コンサート行って「きら」っとやってました(笑)」

          「マクロスF」の挿入歌「星間飛行」。ヒロインの一人でアイドル歌手のランカ・リーの持ち歌。独特の歌詞と曲調のせいか、ニコニコ動画ではMADや替え歌において好んで利用されている。
          で、下は、反乱を起こした異星人部隊を「ランカちゃん」が歌うたって鎮圧するという恐ろしいシーン。いやほんと、そういうアニメなんですよ。ぜひとも北朝鮮とかにもその作戦が通じますように。

          星間飛行 (HD)
          http://www.youtube.com/watch?v=7rXwvvSixrc

          替え歌の一例。歌っているのは本人でもプロでもないよ。ただの素人だよ。BLや腐女子が苦手な人は見ないように。

          【替え歌】モエッ☆BL飛行 歌ってみた【バ行の腐女子】
          http://www.nicovideo.jp/watch/nm3967802


          P193下段L5「映像1――『護法少女ソワカちゃん』」

          【初音ミク】護法少女ソワカちゃん【オリジナル】
          http://www.nicovideo.jp/watch/sm1235394

          詳しいこと知りたい人はこれでも見よう。

          ソワカちゃん疏鈔
          http://sowaka.s-dog.net/

          P225下段L10「映像1――『トムとジェリー』、Heavenly Puss」

          放題「天国と地獄」。僕も一番好きなエピソード。

          トムとジェリー 「天国と地獄」
          http://www.youtube.com/watch?v=lh7x7cO17F0

          で、比較対象として本文に出てくる「カエルのフリップ」。

          Flip the Frog - Soup Song
          http://www.youtube.com/watch?v=Qlq_A2auvDg

          P272下段L11「今大きく世代的に分けて、『ヤマト』『ガンダム』『エヴァンゲリオン』と区別しましたが」

          高村是州がこの直後に発言しているように、まさに「オタクを代表するオリジナルアニメ」。このうちガンダム(79年)とエヴァンゲリオン(95年)は、アニオタ以外でも知的階級であれば一般教養として知っておくべき日本三大アニメ(オレ基準。もう一つは「魔法少女まどか☆マギカ」(11年))。

          P273下段L4「『エヴァンゲリオン』の次のでっかいのはあるとすれば何でしょうか?」

          まどマギです。
          高村はここで『天元突破グレンラガン』(07年)をあげています。これもまぁなかなかに良いアニメではあるしアニオタ的一般教養アニメではあるけど、アニオタ以外にまで一般教養かどうかというと、明らかにそうではない。なんでかというと、ヤマト、ガンダム、エヴァ、まどマギに比べて、非常に狭いヲタだけをターゲットにしているから。オタ向けにチューンされすぎている。三作のように、哲学・思想・文学といったアニメ以外の界隈やビジネス・社会現象にまで発展する余地があまりない。
          ちなみにグレンラガンは、岡田斗司夫が設立したガイナックスが作った。だがグレンラガンの頃には既に岡田はガイナックスを抜けている。
          ここからは個人的異見になるけど、「トップをねらえ!」(88年)だの「ふしぎの海のナディア」(90年)だの、エポックメイキングな名作を送り出してきたガイナックスだけど、グレンラガンも含めて最近はぱっとしない。

          菊地成孔;大谷能生「アフロ・ディズニー2」(文藝春秋)覚書1

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            8/25猫町倶楽部月曜会課題本

            菊地成孔;大谷能生「アフロ・ディズニー2」(文藝春秋)

            は予想以上にハードなアニオタ教養が必要みたいなんで、その部分だけ注釈。時間ないのでかなり手抜きなのはご容赦。


            P44下段L15「『CLANNAD』といったゲームを」

            一般常識。アニメ化もされた「美少女ゲーム」。さすがにゲームまでやっているアニオタは少数派だとは思うが(僕はもちろんやってるよ!「智代アフター」もね!あ、プレイしたい人いたら貸すよ!)。「エロゲー」「恋愛ゲー」と言われることのほうが多いけど。日本における「エロゲー」の多くは実はアダルトビデオ的なドスケベなものとはぜんぜん違うんで(いや、そういう作品もあるけど)、偏見持って触れずにいると痛い目にあう(経験者は語る)。例えば森鴎外の「舞姫」程度のエッチ要素のある(ゲームというより)小説的作品だと思えば良い。谷崎潤一郎「痴人の愛」ほどはエロくない。日本ではそれが「エロゲー」と言われてしまう。
            日本の美少女ゲームと言えばCLANNADがトップ3には必ず入る。「CLANNADは人生」とか言われているほどの作品。CLANNAD一つプレイしておけば、日本のエロゲーというものがどういうもので、どういう影響をアニメに及ぼしているか理解できる。「魔法少女まどか☆マギカ」などの日本アニメにも多大な影響を与えている。東浩紀いわく「魔法少女まどか☆マギカ程度で騒いでいる奴は(CLANNADを始めとする)エロゲーやったことない無教養な奴」「エロゲーに受賞させないから芥川賞と純文学は衰退した」。そんぐらい実は日本のエロゲーはアニメ理解の上で重要。
            制作会社のKeyは、他にも「AIR」「Kanon」というこれまた非常に重要な美少女ゲームを出していて、いわゆる「泣きゲー」というジャンルの牽引役。この3タイトルを知らない奴はアニオタとしての最低限の教養を備えていないと言って良いほど重要。
            ニコニコ動画などではよくMADの素材にもされている。
            まぁまだまだ語り尽くせないから止めるけど、アニオタ教養身につけたいならとりあえずアニメは見とけ!できればゲームプレイ動画ぐらいも!ってな超重要作です。

            P67下段L11「音楽に対して「きしめん」というコメントが大量に書き込まれていますが」

            一般教養。もとは「Nursery Rhyme -ナーサリィ☆ライム-」って美少女ゲームのオープニングテーマ「true my heart」。空耳動画の5本の指に入る有名曲。ゲーム自体はどうでもいい。強度のアニオタじゃないとタイトルも知らない。というか多分曲名自体も知らない。ぶっちゃけ僕も調べるまで曲名知らなかった。そしてもう忘れた。検索も「きしめん」でやったほうが見つけやすい始末。このように、オリジナルよりもMAD動画や空耳動画の方がはるかに有名になり、オリジナルがもはや「素材」としての意味しか持たなくなるというのは、ニコニコ動画などではよくあること。そしてそうした動画を見たことをきっかけに、オリジナルのアニメやゲームに手を出すというのもよくある流れで多分マーケティング上も重要になっている。
            暇な人は実物は以下で視聴を。

            http://www.youtube.com/watch?v=PBis_pDrQfQ
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm367861

            P79上段L5「映像1――『魔法騎士レイアース』OP」

            一般教養。古いアニメだし、見ていなくてもいいから名前は知っておこうねってレベル。原作者のCLAMP(女性漫画家4人の共同名義)は最近では、映画化もされた「BLOOD-C」が有名。他にアニメの代表作は「コードギアス 反逆のルルーシュ」(キャラデザイン)があり、こちらは一般常識アニメ。

            補足:クレームが来たんで、「カードキャプターさくら」も代表作にあげておくよ!でもこれはアニオタ的一般教養ではあっても、一般人からするとマニアックな作品になると思う。

            本書で取り上げられているOPは多分、第一期OPだと思う。

            【魔法騎士レイアース】ゆずれない願い
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm5679353

            P79下段L11「ふしぎの海のナディア」

            オタキングこと岡田斗司夫率いるガイナックスが、後のエヴァンゲリオンを作ることになる庵野秀明主導で制作した、一般常識アニメですね。まぁヲタ目線から見れば色々言いたいことのある作品ではあるけど。
            前述のレイアースのOPと比較してみましょう。

            ふしぎの海のナディア OP ブルーウォーター
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm9193856

            P82上段L8「映像3――『涼宮ハルヒの憂鬱』を素材にしたMAD」

            一般常識アニメです。見ていない奴はアニオタではありません。ラノベ原作だけど一見よくある学園ものかと思いきや、SFとしても非常に優れていて、僕はSF初心者にはいつもこれを薦めている。とにかく設定がぶっ飛んでいる。そして同時にちゃんと論理的であり整合性がある。この絶妙なバランスは凄い。ハルヒの始業日における自己紹介「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」ってセリフが有名ですね。ただの電波女やんけ!まぁその通りの内容になっちゃったんだけど。
            作ったのは偉大な京都アニメーション。この後「らき☆すた」「けいおん!」といった名作を連発することになる。実は前述のCLANNADも京アニがアニメ化した。京アニドンダケ〜。
            そしてそうした名作連発の要素・秘訣はハルヒにほぼ含まれている。原作とアニメは別物だと思った方が良い。原作付きの映像作品ってのは得てして、「原作の方が面白いよねー」ってなりがちだが、これは両方面白い。文字メディアと映像メディアのそれそれの特性を最大限に利用し、それぞれが名作に仕上がっている。京アニは、そうした原作の生かし方が非常にうまい。らき☆すたやけいおん!に至っては、実は原作はアニメほどには面白くない。
            文中に出てくる動画はなんなんでしょうね。多分この2つだと思うけど。長門有希はファン的に「もっと何とかしてあげたい」「もっと幸せになってほしい」とされているキャラなんで、幸せになるヴァージョンのMADが一杯あるんで難しいですね。興味のある人は検索してみよう。つーか原作者自身が長門有希を何とかしてあげたいと思った挙句、「涼宮ハルヒの消失」なんていう長門推しエピソードまで作って映画化までしちゃう有様。映画化までされたハルヒは「消失」だけ。

            【ハルヒMAD】こんなに近くで...(長門ver.)
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm137548

            【MAD/AMV】涼宮ハルヒの憂鬱 Skittles 『Candy Pop』 H.264みほん
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm2523436

            P87上段L6「山本監督のダンスシリーズは、現時点であと二つあって、ハルヒの次の年、2007年に『らき☆すた』というアニメのオープニングでもダンスが登場します」

            らき☆すたも一般常識アニメ。見ていない奴はアニオタ失格。「萌えアニメ」の代表作でもある。ハルヒもらき☆すたも、「踊ってみた」動画が大量発生した。
            山本寛(ヤマカン)は一般常識レベルのアニメ著名人。今では「かなり危ない人」「ヤバい人」と認識されている。最近は魔法少女まどか☆マギカに対抗する形で「フラクタル」ってアニメを東浩紀名義で作って大失敗し、その後も色々スキャンダルを引き起こしている。
            らき☆すたのOPは「電波ソング」の代表格でもある。歌詞が何言っているのかわからない。歌詞が正式発表されるまで、当初は歌詞解析が流行ったほど。

            Lucky Star High quality version らき☆すた OP「もってけ!セーラーふく」
            http://www.youtube.com/watch?v=z0vuKfua2N4

            【DVD】 涼宮ハルヒの憂鬱 Vol.7 映像特典 「TV版EDスペシャルバージョン」(曲名「ハレ晴レユカイ」)
            http://www.youtube.com/watch?v=dnnCZQSBT-k&feature=fvst

            で、本書では後にも出てくるけど、これらの素材を利用して、曲とか映像とかを改編しMAD作っちゃうってのはありふれた話。素材切り貼りするだけならまだしも、わざわざ画まで自分で作っちゃって、らき☆すたOPの画像だけハルヒに入れ替えてこんなの作ったりしちゃう愛すべきアホまでいる始末。

            らき☆すた+涼宮ハルヒの憂鬱(完成版)
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm3613437

            はる☆すた【着色完成】画質向上版
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm1559056

            もちろん逆バージョンもある。こっちはEDじゃなくてOPだけど。

            【手描き】らき☆すたで涼宮ハルヒの憂鬱OPパロ
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm7093805

            涼宮ハルヒの憂鬱 OP 「冒険でしょでしょ?」
            http://www.youtube.com/watch?v=NntYkyMn6mw

            余談だが、一般的に言って、OPやEDで「ダンス」したり「踊る」アニメはMADになり流行りやすい。今期では「人類は衰退しました」OP「リアルワールド」におけるいわゆる「衰退ダンス」が有名。
            因果関係としては、「踊りたくなるからニコニコ動画などで話題になって作品も人気が出る」という方向もあるのだろうが、実はそれ以外に、「ダンスを考えてOPやEDに合わせるのってスタッフの能力も金も時間も必要だから、ダンスをやれる作品ってのはもともとリソースに余裕があって恵まれているんでヒットする」って方向もあるんだと思う。

            P88下段L7「映像8――『かんなぎ』OP」

            一般教養ギリアウトな作品。知らなくても良い。ヲタが木彫りしたら萌え女子が出現した!ってストーリーだとだけ覚えておけば良い。山本寛作品の傾向を知るためには重要だけど。基本的に山本はパロディーとかネタとかが大好きなんで、頻繁に作品中にそうした要素を挟んでくる。本作も同様で、架空の作品中歌である「どっこい食品 ハロー大豆の歌」と「スーパーしりげやのテーマ」は有名。アホなことにカラオケもある。

            かんなぎOP 歌詞付き(曲名「motto☆派手にね!」)
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm4918397

            ハロー大豆の歌/しりげやのテーマ
            http://www.nicovideo.jp/watch/sm5472033

            P119上段L7「シャア・アズナブル?」

            言わずもがなだが、「機動戦士ガンダム」は日本の三大アニメの一つであり、常識も常識、国民の義務です。無論ファースト以外はどうでも良いけどね!
            ガンダムの主人公アムロ・レイの最大のライバル。ジオン公国軍少佐(後に大佐)。
            すかした野郎ということで有名。多分日本で一番人気のある敵役。2位は同じガンダムのギレン・ザビ(ジオン公国総帥。最高指導者)だと思う。無駄に意味深な台詞が腐るほどある。そして実際深い意味は無い。
            以下ぐらいは一般教養なんで覚えておこう。

            「坊やだからさ」
            「認めたくないものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものを・・・」
            「見せてもらおうか、連邦のMSの性能とやらを」
            「えぇぃ、連邦のMSは化け物か!?」

            用例:「えぇい!猫町の主催者は化け物か!?」

            シャア・アズナブル 台詞集
            http://simple.s59.xrea.com/all_word/all_word.php/%A5%B7%A5%E3%A5%A2%A1%A6%A5%A2%A5%BA%A5%CA%A5%D6%A5%EB

            続く。
            http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3650

            マーチン・ファン・クレフェルト「補給戦」(中公文庫)覚書4(最終回)

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              前回http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3634の続き。やっと最終回です。

              P326L8「恐らく問題解決の唯一の方法は、アフリカ装甲軍からイタリア兵という役立たずの重荷を取りはずすことだったであろう」

              ひどい(;´Д‘)でも「イタリア軍イラネー。つーか邪魔」ってのは、軍オタの一般常識。ドイツ人と日本人が「次はイタリア抜きで勝とうぜ!」と盛り上がるのはよく見られる光景。イタリアが連合国に宣戦布告した際にはチャーチルが「これで勝てる!」と大喜びしたなんてことさえまことしやかに言われている始末。
              北アフリカ戦線を再現したゲームにおいても、こうしたヘタリアぶりを再現するための特別ルールがあったりして、余りにもイタリア虐待すぎて泣けます。
              暇な人は以下の動画でご確認を。

              ボードウォーゲームで見るヘタリア
              http://www.nicovideo.jp/watch/nm3513290

              P339L9「1940年の第二次世界大戦発生時には、ドイツ国防軍の無敵の戦車師団は、大部分マーク1型およびマーク2型の戦車から構成されていた――これらは教育用以外には使う予定のなかった小型戦車であった」

              開戦当初、まともにフランス軍戦車相手に戦車戦を戦えるドイツ戦車はマーク3型とマーク4型ぐらいでした。
              対フランス戦までのデータ。1型は武装は機関銃だけで、生産台数は600両ほど。2型も機関砲のみの武装で1000両ほど。対戦車砲を装備していた3型と4型はそれぞれ400両未満。それ以外に、併合したチェコスロバキアから奪った戦車(対戦車砲装備なんで1型や2型よりはるかに高性能)が700両近くありました。これを見ても、ドイツ軍によるフランス侵攻が、いかに鹵獲兵器や劣悪兵器で巧みになされたかが分かると思います。
              ちなみにフランス軍の戦車数は、対戦車砲装備の車両だけで合計2300両ほどです。
              ※レン・デイトン「電撃戦」(ハヤカワ文庫) P309表などより。
              蛇足ながら、有名なパンター(パンサー)戦車はマーク5型、ティーガー(タイガー)戦車はマーク6型です。
              これも蛇足ながら比較のために、陸上自衛隊の保有戦車数は新旧あわせて600両ほどです。昔の人って努力家だったんですね(;´Д‘)

              P341L6「以上のように準備が悪く、部隊は急いで寄せ集めたもので、しばしば間違った装備しか持っておらず、その場の判断で作戦開始を命じられた戦争に比べて、1944年6月フランスに進行した連合国軍は洞察力と組織の勝利を示した。この軍隊こそは自由に戦闘開始日時を決めることができ、あらゆる行動は二年間にわたって詳細に計画された」

              ここからは、「史上最大の作戦」とか「オーバーロード作戦」とか「Dデイ」などとして知られるノルマンディー侵攻作戦のお話です。ドイツに支配されたフランスに対して、連合国軍がイギリスからしこたま海軍と上陸用舟艇集めて上陸した反攻作戦です。映画「プライベート・ライアン」とかでも有名な、戦史上一般常識レベルの作戦ですので覚えておきましょう。
              でも、兵站計画は慎重すぎて大失敗だったよね!ってのがクレフェルトの主張です。何しろあの変態アメリカがあり余る生産力を投じて補給物資を死ぬほど投入し、捨てるほどあるトラックで輸送しまくったわけですから、歴史上かつて無いほど余裕のある計画だったにもかかわらず、ちょっとあんたら戦闘計画が慎重すぎというより無気力過ぎだったんじゃないの?ってのが彼の主張です。
              ちなみに「史上最大の作戦」などと呼ばれていますが、実のところこの後太平洋戦線において行なわれた沖縄上陸作戦こそが、実は真の意味で史上最大規模の作戦です。

              P342L15「要するに、1944年の連合国軍は恐竜ブロントサウルスに似ていた。もっともブロントサウルスの場合は身体に比較して脳が小さすぎたが、連合国軍はそうではなかった」

              以下余談。気になる人用。
              僕が子供の頃には恐竜図鑑などにおいては「ブロントサウルス」という恐竜は、体が巨大すぎるため、しっぽに怪我をしてもその痛みが脳に伝わるまで数十秒から数分かかる、なんて説明されていました。そうした不都合を避けるために、体のあちこちに副脳とでもいうべき組織が点在していた、なんて説明がされていたこともあります。クレフェルトのこの部分は、そうした説を受けての解説です。
              ただし、現在では「ブロントサウルス」なる恐竜の存在そのものが否定されているので、これらの俗説も今や過去のものとなっています。

              P346L3「なぎさを補うために二箇の人工桟橋を建設、それをバラしてイギリス海峡を引いてゆくことが決定された」

              ノルマンディー上陸作戦は、ただの浜辺に部隊を上陸させる計画でした。故に、輸送船で補給物資を運ぶためには、港を利用することができません。そのため、必要な港を占領するまでは、浜辺に「人工桟橋」を作ってしまいましょうってアホみたいなこと考えたわけです。この港は暗号名を「マルベリー(桑の実)」と言います。イギリスで予め数十トンもあるケイソンなんかを大量に作っておいて、作戦開始と同時に船で引っ張っていって、それらを沈めて人工のインスタント港を作ってしまおうというものです。現在でもノルマンディー海岸には、マルベリーの廃墟が残っているそうです。どれだけ巨大でアホみたいな計画だったかは、以下の英語のWikiの写真などをご参考に。

              Wiki Mulberry harbour
              http://en.wikipedia.org/wiki/Mulberry_harbour

              P348L5「イギリスから来航するリバティ型船舶への引き継ぎ」

              「リバティ型船舶」とはリバティ船とも言われる、いわゆる戦時急造型輸送船(戦時標準船)です。空母さえ毎週一隻作っていたヘンタイアメリカは、戦時中これだけでも2700隻以上作っちゃいました(これ以外にもヴィクトリー型とかもあってこれ合わせると6000隻!)。ヒドイ時は一隻作るのに3日しかかからなかったそうです。
              急造のため沈んだり沈んだり沈んだりと色々とトラブルもあったようですが、それらの教訓はタコマ橋崩落事故などと並んで、工学上の極めて重要な教訓事例となっています。
              ちなみに、日本も太平洋戦争中に約1000隻の戦時標準船を作ったことになっていて数だけは立派なものですが、その内情は非常にお寒いもので、粗製濫造のため小さいし遅いし故障するし勝手に割れて沈むしおまけにせっかく作ってもすぐに連合軍に沈められるしと、全くイイことなしでした。苦し紛れに帆船とかコンクリート船とかまで作っています。

              P357L2「モントゴメリーの第21集団軍は」

              戦史上一般教養レベルのイギリス軍人です。特に軍事学上際立った重要性は持ちませんが、ロンメルをアフリカで打ち破ったり、パットンとライバル意識燃やしあってトラブル起こしたり、史上最大級の空挺作戦でもある無謀なマーケット・ガーデン作戦を提案して大損害をもたらしたりと、色々有名な方です。
              イギリスの有名なコメディー番組「モンティ・パイソン」は、モントゴメリーの愛称である「モンティ」にちなんで名付けられました。

              P366L17「特に第三軍は、必要な物を手に入れようとする時、異常な方法を使うことで悪名が高かった」

              「第三軍」とは、既述の横暴なおっさん、パットン指揮下のアメリカ第三軍のことです。

              P374L17「アルンヘム作戦が開始されなかったとして」

              既述の「マーケット・ガーデン作戦」の別名です。映画「遠すぎた橋」でも描かれましたね。大規模な空挺部隊を主力とする部隊がオランダに侵攻し、現地の港を電撃的に確保して、補給線への負担を軽くしようとの意図で行われた作戦です。「バンド・オブ・ブラザーズ」などでも有名な、アメリカ第82空挺師団や、第101空挺師団(現在は空中機動師団に改編)などが参加し、大損害を受けました。ちなみにこの2師団は現在においてもアメリカ陸軍現役10個師団の中で緊急展開戦力として重要な地位を占めており、湾岸戦争やイラク戦争でも真っ先に現地に派遣され活躍しました。






              マーチン・ファン・クレフェルト「補給戦」(中公文庫)覚書3

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                前回http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3632の続き。

                P283L5「これに対しヒットラーは、ウクライナの小麦、ドネツの石炭および鉄鋼、コーカサスの石油それにクリミア半島の占領(「クリミア半島はルーマニア油田に攻撃をかける航空母艦である」)に、より強い関心を持っていた」

                独ソ戦における有名なエピソードです。首都モスクワ攻略のために全力を傾けるよう主張する将軍たちに対しヒトラーは、「諸君は戦争経済というものをわかっていない」と批判し、モスクワ以南の資源・穀倉地帯攻略のために戦力を分散させました。この決定は一般的に、モスクワ攻略を失敗させた原因として批判されています。しかしここでもクレフェルトは、ヒットラーの決定を擁護します。
                また、当時ドイツの同盟国であったルーマニアは、枢軸同盟におけるほぼ唯一の石油供給国として極めて重要でした。

                P287L12「すなわち問題は至るところにある泥濘と全く同じように、鉄道線の稼働の悪さに原因があったのである」

                対ソ戦(バルバロッサ作戦)の失敗の原因は一般に、ソ連国内の道路事情の悪さ(泥濘や凍結)による補給の失敗であると言われています。しかしクレフェルトは、それ以前に鉄道による補給体制に根本的な欠陥があったと主張します。

                P296「しかしながら、第二次大戦の全期間を通じて完全に自動車化された軍隊の創設に手を染めることができたのは、交戦国中たった一カ国しか存在しなかった――アメリカ合衆国である」

                この人達はもうこの頃から反則的なチート国家だったわけです(;´Д‘)
                これ以外にもアメリカは、大戦中エセックス級正規空母だけで24隻(月刊空母」の異名を持ちます)、カサブランカ級等の護衛空母に至っては80隻以上(「週刊空母」の異名)と、馬鹿かとアホかと。こんな変態連中を相手に戦争して本当に勝てる気でいたんでしょうか。

                P300L1「この戦争は兵站術以外の原因で敗れた。その原因の中には疑問のある戦略、ぐらぐらしていた統帥機構、乏しい資源のいわれなき分散が数えられる」

                旧日本軍についてはよくこうした「失敗」が未だに批判・検証されていますが(東京アウトプット勉強会課題本にもなっている「失敗の本質」(中公文庫)が有名ですね)、どこの国も多かれ少なかれ同じような失敗してまんなー、ってことです。

                P302「枢軸国の中東攻略がヒットラーの勝利になりえたであろうかという問題は、第二次世界大戦史において、いまだに最も多くの論争を呼んでいるものの一つである」

                ロンメル将軍による北アフリカ戦線のお話しになります。
                P12L2注のおさらい。

                「第二次大戦の北アフリカ戦線において、イギリス相手に寡兵で大活躍した名将ロンメルですが、一般的には、ドイツやイタリアから地中海を経た海上輸送が連合国に制空権・制海権を握られていたためうまく行かず、補給不足により彼の有能さが発揮できず敗北したと評価されています。本書でクレフェルトは、そうしたこれまでの常識に否を唱え、補給は十分だったにもかかわらずロンメルの愚かさが自らの敗北を招いたとの結論を導いています」

                北アフリカ戦線における一連の作戦(キャンペーン)も、軍事学上常識レベルの知識なので、余裕のある人はWikiるなり説明動画探すなりして概略程度は掴んでおくといつか幸せになれます。
                概略:ドイツが対ソ戦の準備で忙しくしているところに、イタリアのムッソリーニは野心むき出しに、イタリア領リビアからイギリス領エジプトの攻略という全く余計なことをやらかします。そして、ヘタリアとして先進国中最も弱いことで定評のあるイタリア軍は案の定めっためったの返り討ちにあいリビアに逃げ帰ります。そのリビアさえ防衛が難しいほどぎたんぎたんにされちゃったんで、ヒットラーは青筋立てつつ仕方なく、対ソ戦用兵力を引きぬいてロンメル共々アフリカに派遣します。ヒットラーや司令部から「余計なことしなくていいからおとなしく防衛だけしておれ」と言われていたロンメルは、命令を無視して寡兵を率いて、エジプト目指して殴りこみを仕掛けます。ヒットラーや司令部は怒りましたが、ロンメルさんなんだか勝っちゃって敵のチャーチル首相にさえ「砂漠の狐」とかおだてられてエジプトの手前まで行けてしまったんで渋々増援部隊とか補給物資とか送りますが、結局負けちゃってリビアも失い、枢軸国軍は北アフリカから叩き出されることになりましたとさ(その後アフリカからイタリア本土に上陸されてムッソリーニは殺されちゃいます)。
                一応「中東攻略」の意義として言われているのは、

                ・エジプトを落とせていればスエズ運河を閉鎖できるんで、連合国の特にインド-イギリス本国ルートを遮断でき、連合国の経済に大打撃を与えられる。
                ・エジプトからさらに先に進んでシリア、イラン(トルコでもいいけど)をぶち抜けば、ソ連の下腹部であるコーカサス地方などの資源地帯を直接攻撃することができる

                などといったものが専門家などからは良く言われていますが、「そんなことできる兵站能力なんてねぇよ!」ってのがクレフェルトの主張です。ちなみにこの頃はまだ中東にはたいして油田発見されていなかったんで、石油が確保できるからとかいった理由は考えなくていいです。
                あとついでに余裕のある人向けに、ヘタリアの弱さ伝説の参考リンクを。ここまで来るとむしろカワイイ。

                全盛期のイタリア軍伝説
                http://blog.livedoor.jp/yumemigachi_salon/archives/51690331.html

                イタリア軍はなぜ弱いのか?
                http://blog.livedoor.jp/netamatome/archives/3605295.html

                P304L1「パットンのような人物でさえ、少なくとも若干の現地徴発を直接行なわざるをえなかった」

                パットンさんは、アメリカ陸軍の将軍です。映画やドラマなどでも有名ですね。「パットン大戦車軍団」とか。戦史上の常識とまでは行きませんが、一般教養的人名です。
                以下余談なので余裕のある人以外は覚えなくてもOK。
                アメリカ軍において最も電撃戦を理解し、そしてもっとも非民主主義的で横暴なおっさんとして有名です。大戦中も色々スキャンダルを起こして新聞沙汰になり名を馳せました。PTSDで入院していた兵士をぶん殴って活を入れたとか、友軍のトラックを積荷の燃料や物資ごと強奪したとか、まぁそういう騒ぎを色々起こしましたが、指揮官としての能力はアメリカ軍中ピカ一と評価されています。終戦間際には「ヒトラーと戦ってなどいないで手を組んで、(当時アメリカの同盟国であった)ソ連をやっつけてしまえ」とか不穏なことも。まぁその後の冷戦のことを考えれば結局は彼が正しかったのかもしれないけど。当然色々恨みも買っていたようで、終戦直後に謎の自動車事故で死んじゃいます。

                P309L15「こうしてヴィシー政府との交渉が始まった」

                ドイツに負けちゃった後、フランスは首都パリを含む北部を占領地として取り上げられ、南部や海外植民地のみ傀儡政権として独立を許されました。首都が温泉地として有名なヴィシーに移されたため、この時期のフランスのことを「ヴィシー政権」と言います。
                リビアの西側(エジプトとは反対側)の北アフリカ一帯(現在のモロッコとかアルジェリアとかチュニジアとかのあたり)はもともとフランスの植民地だったんで、そこにあった物資とかトラックとかを、困っているロンメルのアフリカ軍団に売ってくれないかっていう交渉がなされました。
                ちなみにヴィシー政権のボスは第一次大戦の時の英雄であるペタン元帥ですが、彼はヒットラーの真似して独裁制を敷いた上でユダヤ人虐殺とかもやっちゃったんで、戦後に死刑を言い渡されますが減刑されて流刑地で生涯を閉じます。
                どうでもいいけど、ヴィシソワーズとか言うフランスのスープは、ヴィシー風スープって意味らしいんだけど、親ナチのヴィシー政権に反対する料理人たちが戦争中「クレーム・ゴロワーズ」って改名しようって運動したんだけど定着しなくて結局今でもヴィシソワーズのままなんだとさ。

                P311L17「彼が直面した困難は、これまでしばしば主張されてきたように、マルタ島の戦闘能力を奪うことに失敗したからではなかった」

                マルタ島はイギリス領で、イタリア半島とリビアの間あたりの地中海のど真ん中にあります。マルタ騎士団で有名ですね。ワンちゃんのマルチーズの発祥の地でもあるらしいです。大規模なイギリス軍部隊が駐留し、枢軸国によるロンメルアフリカ軍団に対する海上輸送を大いに邪魔しました。一般的に、イタリア軍がヘタリアなためにマルタ島を攻略も無力化もすることができず、そのためにロンメルへの補給が滞り、彼が十分活躍できなくなり敗北に至った、と言われています。クレフェルトはこの見解を全面否定します。

                続くhttp://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3637

                マーチン・ファン・クレフェルト「補給戦」(中公文庫)覚書2

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                  前回http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3630の続き。

                  P153L10「リストの見解によれば、「移動スピードが早くなるほど防禦側に有利になる」。その理由は「防禦側は攻撃側に合わせてその移動を決めなければならない」からであった。それゆえに鉄道網がよく発達すれば、大国の防禦力は「最高水準」まで高まり、リストなどの見解によれば遂には戦争することが全くできなくなり、平和が地上を支配するであろうというのだ――こうした予測は、戦争の新しい手段が出現するのに伴って現れやすいが、いずれにせよ常に期待外れにならざるをえない予言の中の一つである」

                  機関銃が登場した時と核兵器が登場した時にも同じように「これで戦争はなくなり平和になる」と言われたのが有名です。現実は、まぁ言うまでもありません。

                  P192L12「補給軽視のシュリーフェン」

                  出ました。いよいよシュリーフェン・プランです。再度言いますが、軍事学上常識レベルの作戦なので、Wikiって覚えておきましょう。

                  P236L5「モルトケはこの点の改善に力を尽くした」

                  このモルトケさんは「小モルトケ」で、既出の「大モルトケ」は伯父さんにあたります。一般的に小モルトケの評価は、すんばらしい天才的なシュリーフェン・プランを手直しして改悪したためにドイツを敗北に導いたあほたれ、と言ったものです。クレフェルトはそうした評価は不当なものだと批判します。

                  P243L9「ヒットラーが再軍備に乗り出した1933年から1939年の間に、ドイツ自動車産業の能力は、陸軍に必要な規模の装備を与えるには全く不十分なことが判明した。戦争前夜使用可能な103個師団のうち、16箇の装甲師団、自動車化師団、「軽」装甲師団が完全自動車化され」

                  16個師団以外は完全に、徒歩とお馬さんでの移動です。ヒトラーのドイツ軍は一般的なイメージとして、戦車や装甲車で完全機械化・自動車化されていた「電撃戦」のプロフェッショナル!って感じだと思いますが、実のところほとんどは第一次大戦型の足で歩く部隊に過ぎませんでした。大戦当初にフランスを「電撃戦」でたちまち打ち負かしてしまったために「ドイツの戦車はせかいいちー!」ってイメージがありますが、戦車の数も質もフランス軍のほうが上であったことがその後の研究で知られています。ドイツの勝因の一つは、戦車を全部隊にばらばらに配備した(当然戦車の速度は一緒に歩く歩兵の速度に制限される)フランスに対して、戦車や装甲車、トラックなどの高速車両を16個の精鋭部隊に集中配備し、徒歩部隊では対応不可能な高速で移動させることを可能にした点にあります。
                  このあたりを詳しく知りたい人は、以前軍事読書会でやった、

                  レン・デイトン「電撃戦」(ハヤカワ文庫)
                  http://www.amazon.co.jp/%E9%9B%BB%E6%92%83%E6%88%A6-%E6%96%B0%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%AC%E3%83%B3-%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%B3/dp/4150501858

                  がわかりやすいでしょう。
                  ちなみに「師団」の規模ですが、国や時代によって大きく開きがあるため一概に言えませんが、例えば現代では、陸上自衛隊は一個師団6千人で13個師団(正確には師団以外に旅団とかも混じっていますが)、アメリカ陸軍は一個師団2万人で10個師団(+州兵10個師団)です。
                  大体一個師団は5千〜2万人で構成される、最小規模の部隊運用単位です(国によっては旅団とか連隊とかの場合もあるけど)。
                  陸軍における「師団」以外の部隊編成についてですが、これまた国や時代によって違ってきますが、大体以下の様な感じになります。

                  軍集団(数個軍) ※本書では「集団軍」と訳されていますが、「軍集団」の方が一般的な訳です。
                  軍(数個軍団)
                  軍団(数個師団)

                  師団(数個連隊)

                  連隊・旅団(数個大隊)
                  大隊(数個中隊)
                  中隊(数個小隊)
                  小隊(数個分隊)
                  分隊(数個班)
                  班(数人)

                  下のリンクあたりも軍事学上は基本知識なので参考になさってください。
                  Wiki 兵科記号 (北大西洋条約機構)
                  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B5%E7%A7%91%E8%A8%98%E5%8F%B7_(%E5%8C%97%E5%A4%A7%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84%E6%A9%9F%E6%A7%8B)

                  P244L12「1939〜40年の冬と1940〜41年の冬の二度にわたって、各部隊や補給部隊の自動車数は一部減少せざるをえなかった。しかも1940〜41年の冬までの間に、88箇師団物ドイツ軍――全軍の約40パーセント――が、フランス軍からの鹵獲物資でで装備を受けていたにもかかわらず、こうしたことが起こったのである」

                  当時のドイツ軍は、開戦当初から「鹵獲」兵器や物資が頼りでした。前述の精鋭「16箇の装甲師団」でさえ、ドイツ純正の戦車や装甲車、車両だけでは足りず、併合したオーストリアやチェコスロバキアから鹵獲した戦車を装備していたりしました。これらの鹵獲兵器・物資がなければ、ドイツはフランス戦さえまともに戦えなかっただろうとの評価もあります。
                  その後もドイツは敗戦まで、連合国からの鹵獲兵器・物資を積極的に利用し続けます。ロンメルもイギリス軍から奪った兵器や物資を積極的に活用したことで有名です。
                  ちなみにこうした鹵獲兵器の利用はドイツ軍に限ったことではなく、旧日本軍も太平洋戦争中に、アメリカ軍から鹵獲した戦闘機で戦ったりしていますし、日露戦争や日清戦争でも鹵獲した敵戦闘艦をそのまま海軍に編入してしまったりしています。
                  クレフェルトの母国であるイスラエルは、第二次大戦後の建国当初から現代まで鹵獲兵器の有効利用に定評があります。

                  P247L8「このことが左翼に対するヒットラーの不安を呼び起こし、遂にダンケルク直前で戦車部隊を停止させる一因になったわけである」

                  「ダンケルク」は戦史上一般常識レベルの地名です。英仏海峡沿いのフランス領の港町です。また以下の経緯から、「大敗北」とか「撤退」「敗走」とかいう意味の名詞として使われることもあります。
                  フランス戦においてドイツ軍装甲部隊は「電撃戦」によりヒットラーさえも信じられないスピードでフランス領を駆け抜け、英仏連合軍を撃破・包囲・(後方に)放置し大勝利を飾りました。生き残った英仏軍はダンケルクに何とか落ち延び、海路イギリスへの脱出を図ります。イギリスは軍艦やフェリーから漁船、ヨットまで動員し、空襲により船舶に大損害を受けながらも多くの兵士を撤退させることに成功します。一般に、もしこの撤退が失敗し兵士たちが捕虜になっていたら、イギリスはその後の戦争を戦い続けることはできなかっただろうと言われています。そしてこの撤退を成功に導いた最大の原因は、ヒットラーが謎の攻撃中止命令を出し、ダンケルクへの総攻撃を禁止したためためだと考えられています。中止命令の理由は色々言われていますが、貴重な戦車部隊への損害を恐れた、イギリスとの早期講和を望んでいたため屈辱的な敗北を与えることを避けた、など様々な説があります。

                  P266L6「フォン・マンシュタインの第56軍団」

                  軍事学上ナポレオンに匹敵する常識レベルの名将です。名前だけは覚えておきましょう。最も有名なのは、対フランス戦における当初の計画案だったシュリーフェン・プランに反対し、「マンシュタインプラン」(軍事学上常識レベルの作戦です)を提案し採用させた功績です。これもWikiっておきましょう。簡単に言うと、シュリーフェン・プランがベルギー経由で北からパリに向かい南西方面に攻め上る作戦であり、マンシュタイン・プランは北のベルギー方面は(また第一次大戦の時のシュリーフェン・プランで攻めて来やがった!ばーか!と思わせるための)陽動攻撃で、本命はフランス中央部のアルデンヌの森を主力の装甲部隊が駆け抜けて北西方面にドーバー海峡を目指し、ベルギー方面にえっちらおっちら徒歩速度で集まってくるであろう連合軍をパリから切り離してまるごと包囲してしまおう、ってな感じです。

                  P279L13「右翼に配されたグーデリアン指揮下の」

                  「グデーリアン」と表記されることもある、これまた軍事学上ナポレオンに匹敵する常識レベルの名将です。新兵器の戦車や航空機等を有効に連携使用する「電撃戦」(これも軍事学上常識レベルの用語なので、余裕があればWikiっておきましょう)ドクトリンを、ほとんど一人でドイツ軍に定着させ、ナチスドイツを勝利に導いた人です。
                  「電撃戦」は現在に至るまで、各先進国における主要ドクトリンとされており、湾岸戦争やイラク戦争におけるアメリカ軍も、基本的にはこのドクトリンに基づく「エアランドバトル」ドクトリンを採用し完全勝利を収めました。
                  また皮肉なことに、ナチスにひどい目にあったユダヤ人の国家でありクレフェルトの母国でもあるイスラエルは、第一次〜第四次中東戦争をこの電撃戦ドクトリンを元に戦いぬき勝利を収めています。
                  簡単に言うと「電撃戦」とは、(損害が出るし進撃速度も遅くなるので)敵部隊と戦い直接撃破することを目的とするのではなく、可能な限り敵部隊を避けて戦車や爆撃機でタイムリーに抵抗を排除しながら後方に高速で回りこみ、敵部隊や敵政府の戦闘意欲を喪失させることを目的とする思想です。

                  続くhttp://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3634


                  マーチン・ファン・クレフェルト「補給戦」(中公文庫)覚書1

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                    8/17(金) 猫町倶楽部アウトプット勉強会課題本

                    マーチン・ファン・クレフェルト「補給戦」(中公文庫)

                    は軍事学上の一般教養書、基本書ですが「兵站」というキーワードに注目した、ビジネス上も極めて有用な研究書です。はっきり言って、ビジネスマンにとってはクラウゼヴィッツの「戦争論」よりはるかに重要な書です。それほど専門的な軍事知識が必要なわけではありませんが、若干の軍事的予備知識・教養を踏まえておくと読解が楽になるため、軍事初心者用に何度かに分けて注釈を書いてみます。
                    各時代の作戦や、それに伴う人名、地名が細かく書いてありますが、以下の注釈で特に触れているもの以外は、それらには余り注意する必要はありません。流し読みで読み飛ばしても問題ありません。結論や分析の部分だけ読みこめば十分です。逆に、この本に書かれている軍事上の知識がおおかた理解できるようになれば、軍オタと十分渡り合えます。一見分厚いですが、細かい戦史にこだわらなければ合計8時間もあれば十分読みこなせるはずですので、今からでもチャレンジしてみましょう。


                    P10L1「軍事理論家ジョミニ」

                    軍事学史上重要な本を書いた5本の指に入る超有名人なので名前を覚えておきましょう。「戦争概論」という書物の著者ということで有名です。
                    他には、「孫子」、クラウゼヴィッツ「戦争論」、リデル・ハート「戦略論」ってところでしょうか。あれ?あと一人は?

                    P11L7「その結果軍事史の書物の上では、ひとたび司令官が決心すれば、軍隊はいかなる方向に対しても、どんな速さでも、またどんな遠くへでも移動できるように思われている」

                    素人だけでなく軍人さんでも結構こう勘違いしちゃう人がいますが、軍隊は移動させるだけで大変です。たかだか数十人の月曜会のツアーを企画・運営するだけでもどれだけの労力がかかるかを考えてみましょう。というか、移動させなくても存在しているだけでご飯食べさせたり色々と大変です。

                    P11L15「ナポレオン戦争がそれまでの戦争と根本的に異なっていると今なお信じられている分野は兵站術であるが、そのこと自体兵站術という問題がなおざりにされていることを示している」

                    それまではただの無秩序な略奪と現地調達に頼っていた軍隊が、ナポレオン時代から軍として公式に「徴発」を組織化し近代化したというのが、一般的な認識です。しかしクレフェルトはそうした常識に対して疑問を投げかけます。

                    P12L2「ロンメルを扱ったおびただしい書物のいずれもが、1941〜42年における補給の困難さがロンメルの敗北をもたらした重要な要因だと述べているが」

                    第二次大戦の北アフリカ戦線において、イギリス相手に寡兵で大活躍した名将ロンメルですが、一般的には、ドイツやイタリアから地中海を経た海上輸送が連合国に制空権・制海権を握られていたためうまく行かず、補給不足により彼の有能さが発揮できず敗北したと評価されています。本書でクレフェルトは、そうしたこれまでの常識に否を唱え、補給は十分だったにもかかわらずロンメルの愚かさが自らの敗北を招いたとの結論を導いています。

                    P12L8「リデル・ハートによるシュリーフェン計画の批判である」

                    リデル・ハートは前述の「5本の指に入る超有名人」のお一人。「間接アプローチ戦略」がキーワード。「戦略論」ってご本が有名。シュリーフェン・プランは、第一次大戦に備えてドイツのシュリーフェンというえらーい軍人さんが考えた作戦です。軍事史上常識レベルなプランなのでWikiなど見て覚えておきましょう。本書でも後から重要な研究対象として登場してきますし。当時ドイツは東にロシア、西にフランスという2つの敵に挟まれていました。一度に両方相手にするのは不利になるんで、まず最初に全力でフランスを手薄なベルギー辺りから攻め込んでやっつけてしまい、それからゆっくりロシアを倒そうとした計画です。失敗しちゃいましたけどね。この計画は第二次大戦においてもナチスドイツに色々影響を与えます。

                    P22L5「補給制度が戦略に及ぼした影響を評価する際、いちばん目立つ事実は、ほぼ永久的に一つの町に駐屯しない限り、軍隊というものは食って行くためには常に移動を続けねばならなかったということである」

                    よく太平洋戦争中の日本軍が「補給を軽視して飢餓に直面し負けた」とか批判されますが、実のところ第一次世界大戦まではどこの国も似たり寄ったりでした。船とかトラックとか鉄道とかで本国から部隊まで食料その他の必要な補給物資を何でもかんでも届けて養うなんてのは、第二次世界大戦になってからやっとこ広まり始めた「常識」です。それまでは、現地で買ったり略奪したりと、その場で間に合わせていました。従って、いつまでも同じ所にとどまっていると略奪するものも買えるものもなくなってしまい餓死してしまうんで、「常に移動を続けねばならなかった」わけです。

                    P24L1「それゆえに特別の二、三の例を除けば、17世紀では軍隊の補給を断つことは戦略的に不可能だった」

                    第二次世界大戦においては、敵部隊を包囲したりはるか後方に戦車部隊や騎兵部隊を送り込んで道路や鉄道を寸断して「補給”線”」を断つことは一般的に有効な作戦でした。燃料が送られてこなくなれば部隊は動けなくなりますし弾薬が来なくなればお手上げです。食料が届かなくなれば餓死を待つばかりなので降伏するしかありません。しかし前述のように、17世紀においてはそもそも現地調達が基本なため「補給線」なる概念が存在しないので、存在しないものを断つことはできず、補給線が極めて重要な現代の戦争とはかなり異なった様相を見せることになります。

                    P65L8「食糧供給に比べて弾薬の供給は、はるか後年の1870年の普仏戦争後まで、たいしたことではなかった」

                    第二次大戦以降、特に現代においては、弾薬・燃料が補給・兵站に与える負担の方が食糧に比べてはるかに重要になります。

                    P67L7「他の誰よりもまして、ナポレオンの兵站術とナポレオン以前のそれとの違いを強調したのは、クラウゼヴィッツであった」

                    前述のP10L1注釈にも出てきた、5本の指に入る超有名人です。クレフェルトはクラウゼヴィッツにより作られたこの「常識」に対して真っ向から異論を唱えます。ナポレオン以前とナポレオンの兵站術とは実のところさほど違いはないというのが彼の主張です。

                    P120L8「よく言われるように、田野が全体として余りにも貧しかったため、軍を支えることができなかったというのも真実ではない」

                    ナポレオンによるロシア遠征失敗の原因は一般的には、ロシアが焦土作戦を採用したためナポレオンが現地調達に頼ることができず飢えに瀕したためだと言われています。しかしクレフェルトは、そんなことねぇよ!ボゲ!とこれまた異論を唱えているわけです。

                    P142L15「19世紀後半は鉄道の興隆時代であった。モルトケの戦争体系のうち、この新輸送手段を軍事目的のために革命的に利用したことほど、多くの注目と称讃を受けたものはなかった」

                    鉄道以前は馬車や荷車だったわけで、そりゃ革命的ですね。でもクレフェルトは、実はそれほど革命的でもなかったんだよ、というか宝の持ち腐れで余り有効に機能しなかったんだよ、と異論を唱えます。
                    モルトケ(大モルトケ。この後シュリーフェンプランの時に小モルトケも出てきます)さんも、戦史上も軍事学史上も極めて重要な、ナポレオンなどに匹敵する常識レベルの人名ですので、Wikiるなどして覚えておきましょう。

                    P149L6「ここでは、1860年代においてはドイツ――すなわちプロシャ――の鉄道は、いかなる見地から見てもフランスのそれより劣っていた事実を指摘するにとどめよう」

                    このあとに登場するシュリーフェンプランにも関わる記述です。普仏戦争においてドイツ(はまだ当時存在していないので、正確にはその母体となったプロシャ・プロイセン・プロシア)がフランスに勝利した大きな理由の一つは、優れた鉄道網を巧みに利用し、フランスよりも素早く適切な場所に軍隊を移動させることができ、十分な量の補給物資を最前線の部隊に届けることができたためだと一般には言われています。クレフェルトはまたもやそうした「常識」に挑戦します。

                    続くhttp://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3632



                    カズオ・イシグロ「日の名残り」を尋問せよ

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                      3/21(水)名古屋会場 「柴田元幸が選ぶ3冊」
                      http://mixi.jp/view_event.pl?id=68164438&comm_id=2226186

                      こちらの読書会がまだ席が空いているようだけど、課題本はどれも非常に面白いのでもったいない。どれも一日かからず読める分量だし大きな本屋ならどこにでも置いてあるから(青空文庫にもある)まだ間に合う。三冊ともアフター3.11小説としても読むことが出来るので、この一年を振り返ってみるきっかけにもなる。
                      特にカズオ・イシグロ「日の名残り」(早川書房)は、普通に泣き物語としても読めるが、時代背景などの知識を持っていると社会派小説としても読めるという二重性を持った非常に優れた作品なので、その簡単な読み方についてネタバレにならない範囲で書いてみる。
                      ストーリーは宇宙戦艦ヤマト第1話風にまとめると…

                      ○イギリス戦艦キングジョージ5世

                      時に1956年。大英帝国は最後の時を迎えようとしていた。
                      20世紀のはじめ以来、世界進出を着々と進めてきたアメリカ合衆国はついにヨーロッパにその魔の手を伸ばし、英国紳士のお館に対してドル紙幣による無差別買収を加えているのだ。
                      イギリス人執事スティーブンスはメイドと従者をリストラし必死に生き延びたが、ジョン・ブルの懸命の努力にもかかわらずアメリカ成金ファラディは圧倒的に強力であり、イギリス人執事のコメディアン化を要求して情け容赦のないムチャぶりを繰り返してきた。
                      次第にマジックポイントを失って行くイギリス人執事にとって、最後の頼みは元同僚の女中頭ミス・ケントンであったが、強大な時代の流れの攻撃の前に、今やジョン・ブル精神は壊滅しようとしているのだ。

                      ○時代背景

                      この物語は第二次大戦終戦から11年後の1956年7月から始まります。そしてこれは、巻末の解説にも少し触れられていますが、スエズ動乱(第二次中東戦争)の発生した年でもあります。この事件は、第二次大戦の勝利の余韻に浸っていたイギリス国民に、大英帝国の没落という事実を否応なく突きつけた、すべてのイギリス人にとって極めて衝撃的なものであったということを頭に入れておく必要があります。これにより、イギリス人読者はこの作品を単なる執事スティーブンスの没落物語ではなく、大英帝国の没落と主人公の没落とを重ねあわせてイメージさせられる社会派小説として読むであろうということが初めて想像できます。

                      長年イギリスの準植民地として間接統治下にあったエジプトは、1952年のクーデターにより独立を果たします。そして56年に政権を奪取したナセル大統領は、未だイギリスの管理下にあったスエズ運河の国有化を、まさに主人公が旅を開始した7月に宣言します。
                      これに反発したイギリスは、同じように植民地の反乱や独立の連鎖に悩まされていたフランスや、1948年の独立以来エジプトと衝突を繰り返してきたイスラエルと組み、スエズ奪還を目指して侵略戦争をふっかけます。戦況は終始英仏以三国同盟の圧倒的優勢のまま推移しますが、そこに第二次大戦後の二大スーパーパワーであるアメリカとソ連が手を組んで介入し、英仏以に対し撤退を要求します。そしてこの三カ国は為す術もなく、米ソの要求を無条件に受け入れ、エジプトから手を引くことを余儀なくされたのです。
                      当時はまだ、「冷戦」という概念が広まっていなかったことに注意が必要です。第二次大戦前まで、世界の中心は米ソではなくヨーロッパ、具体的には英仏独でした。アメリカもソ連も、ちょっと力をつけてきた田舎者ぐらいの認識しかされていませんでした。しかし第二次大戦でナチス・ドイツが敗北し、英仏はなんとか自由と平和を守りきったものの(もっともフランスは一時ナチスの支配下にありましたが)、成り上がりモノである米ソの手助けがなければその勝利はありえなかったのです。ところが今では常識となっているそうした認識も、スエズ動乱までは世界中の教養ある人々の間でしか共有されていませんでした。50年代に入っても、英仏を含め世界の大衆の多くは「ヨーロッパが世界の中心で米ソは格下の成り上がりモノでありアフリカ・アジア・中東は英仏の植民地として指導される立場にある」と思い込んでいました。
                      ところがスエズ動乱は、そうした思い込みを完膚なまでに打ち砕いてしまいました。「世界の中心」であったはずの英仏という列強二カ国が手を組んで、かつてはただの一植民地に過ぎなかったエジプトに戦争をふっかけたにもかかわらず、「成り上がりモノ」の米ソ二カ国が手を組んで、それも武力も何も使わない(無論威嚇はしているわけですが)ただの口先だけの外交的圧力をかけただけなのに、「世界の中心」の英仏はすごすごとエジプトから無条件で逃げ去ることしか出来なかったのです。イギリス人の誰もが、古き良き時代の終わりを認識せざるを得ませんでした。その衝撃は、日本人にとっての8月15日に匹敵するほどのものだったかも知れません。
                      このように、イギリス人読者にとっては主人公スティーブンスの没落と悲劇は、大英帝国の没落という世界史的状況と重ね合わされて読まれることになります。

                      ○ナチスドイツとイギリス人

                      もう一つ重要なのは、スティーブンスの忠実で没個性な生き方と、ナチスを支持したドイツ国民との類似性です。心理学でよく取り上げられるアイヒマン実験でも有名ですが、ヒトラーを頂点として侵略戦争やホロコーストを行なって来たドイツ国民は、決して邪悪な人々だったわけではありません。ごく普通の、「忠実」で善良な、我々と何ら変わりのない市民でした。スティーブンスは新旧両方の主人にただ忠実に仕えて来た挙句、多くのものを失います。主人がいくら誤っていると思われていても、自らの異見は押し殺し、「優れた見識を持つご主人様」のために「忠実」に職務を果たします。しかしその結果旧主人は破滅し、新しい主人に対しても不都合な思いをさせています。イギリス人読者はここに、敵として戦ってきたドイツ国民と自分たちの共通性を見出し、苦い思いをさせられるはずです。
                      作品中の村人などの口からも語られるように、イギリスは自由を守るために、邪悪な敵であるところのナチスドイツと血みどろの死闘を重ね、愛する人々を犠牲にしました。ところが、実は自分たちイギリス人も敵と同じような過ちを犯しているというわけです。

                      ○ご主人様の過ち

                      主人公スティーブンスの旧ご主人様であるダーリントン卿は、第一次世界大戦の敗北で過酷な賠償金を課せられたドイツに同情し、ベルサイユ条約の見直しを図りかつて敵同士であった英仏独の関係改善のために奔走します。ところがこの高潔な動機と行動力は、ナチスドイツの侵略政策に悪用されてしまい、戦後はナチ協力者として批判を浴び、没落の憂き目に会います。これは、史実におけるミュンヘン会談(1938)の流れに沿ったものです。物語はダーリントン卿を、ミュンヘン会談においてヒトラーにエサを投げ与え戦争を引き起こすことになった立役者として描いています。
                      ヴェルサイユ条約により過酷な賠償金を課せられ、軍隊の制限どころか自国領の割譲や非武装化まで強いられていたドイツですが、1933年にヒトラーが政権を握ると、それらの条件をことごとく覆すばかりではなく、積極的に侵略的な政策を採って来ました。徴兵制を復活し再軍備を宣言し(1935年)、ドイツ軍の配備を禁止されていた独仏国境のラインラントに兵を進め(1936年)、隣国のオーストリアを併合してしまいます(1938年)。これらの大成功に調子を良くしたヒトラーは、更に隣国チェコスロバキアに対して、国境地帯のズデーテンラントの割譲を要求します。この北朝鮮の将軍様も真っ青のむちゃくちゃな強盗行為に対処するために開かれたのが、ミュンヘン会談です。
                      泥棒さんのご招待のままにドイツのミュンヘンに集結した英仏伊の各国首脳ですが、現代の我々には信じられないことに、何と当事国であるチェコスロバキアには何の相談もなく、英仏独伊によりズデーテンラントのドイツへの割譲が決定されてしまいます。これにより当時の英仏首脳は、後世から悪し様に批判されることになります。この一事により「融和政策」という外交用語は今日、「悪魔との取引」という意味合いを持ってしまうことになります。実際、今日でも北朝鮮に対する弱腰な外交政策は、「ミュンヘン会談の再来」として批判されることがあります。しかし当時の人々の多くは、「これで平和は保たれた!」と大いに喜び、帰国したイギリス首相ネヴィル・チェンバレンは、国民から熱狂的な拍手喝采で迎えられたという点に注意が必要です。
                      太平洋戦争中の朝日新聞や3.11以前の原発推進派のごとく、かつて「平和をもたらした救世主!」としてミュンヘン会談とその立役者達を熱狂的に支持していたイギリス国民は自分たちを棚に上げ、戦後はダーリントン卿のようなかつての「宥和主義者」を「売国奴」として非難し中傷し社会的に抹殺します。無論チェンバレン元総理もその一人です。チェンバレンと言う名は戦後は、殆ど「馬鹿」とか「売国奴」という言葉とセットで語られるものに成り下がりました。幸いなことにチェンバレン自身は開戦直後の1940年にさっさと死んでしまったために、ダーリントン卿と違い戦後も長く傷つけられ続けるといったような苦悩を味わうことはありませんでした。

                      ○ハッピーエンドかそれとも…

                      以上のようなことを踏まえずに、この作品を単なるスティーブンスの個人的物語として読んだ場合、結末は一種のハッピーエンドとして読むこともできます。しかし、より大きな社会風刺劇としてみた場合、むしろバッドエンドとしての要素が見えてきます。
                      彼の失敗は、ドイツ国民が「偉大な指導者」であるヒトラーに自分たちの職務や分限の限りにおいて「忠実」に使えてきたのと同様に、善良で聡明なご主人様に執事としての職務のみにとどまり自己の意見や主張を押し殺し忠実に仕えてきたことによってもたらされたものです。ところが作品の結末では主人公は、これら失敗の原因について何ら反省も改善もしていません。単に新たなご主人様のお望みに従い新たなスキルを磨こうとしているだけです。これでは「日の名残り」たる人生の残された時間を、またもや今までと同様の過ちによりムダにしてしまう可能性さえあります。スティーブンスが過去を「過ち」として捉えるのであれば、あらたなる出発において心がけねばならぬことは、ご主人様が過っていると思えばそう意見し、ご主人様のことだけではなく自分の人生やそれに関わる周囲の人々についても注意をはらうことであるはずです。しかし結末からは、そのような兆候は全く見えて来ません。これはイギリス人読者にとっては、「今更過ちに気づいて反省してももう手遅れで、最早ご主人様(アメリカ)に意見をする力もないし、自分(イギリス)のことを考えるなどもってのほかで、ご主人様(アメリカ)に忠実盲目に使えてご機嫌をとりオコボレにあずかるぐらいしか選択肢はない」という悲劇を感じさせる結末なのではないでしょうか。

                      ○一人称小説の恣意性

                      月曜会では最近も三島由紀夫「金閣寺」や谷崎潤一郎「春琴抄」(トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」も含まれるかも知れませんが)など、本作同様の一人称小説が取り上げられていますが、いずれの作品も注意が必要です。なぜなら一人称小説は、書いてあることがそのまま事実であるとは限らないからです。「彼は〜と思った」といったような三人称小説の場合と違い、「私は〜と思った」という一人称小説の場合は、あくまでも主人公の主観が書かれているに過ぎません。つまりそこに書かれていることは、嘘や間違いであるかも知れないのです。例えば主人公は女中頭のミス・ケントンの好意に気づいていないかのように書かれていますが、それを鵜呑みにしてはいけません。同様に、ご主人様に敬意を払っているとか、ご主人様のことを恥とは思っていないといったような記述も、疑って読む必要があります。
                      実際、作者自身も作品中で、主人公の主張における客観性が疑わしいというヒントを各所に散りばめています。その最たるものが、「五日目」の欠如です。旅行初日から六日目までの記録として書かれたこの作品に、なぜ「五日目」だけが存在しないのか。そしてなぜそのことについて主人公が何ら説明をしていないのか。書いては見たのだが都合が悪くて非公開としたのか、それともミス・ケントンとの再会があまりにも衝撃的で「五日目」を書けなかったのか。いずれにせよ、それについて主人公が不自然にも全く言及していない以上、この作品は「何かを隠している」「事実をねじ曲げて書いている」という可能性を常に頭において、疑って読み進むことが重要です。



                      トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」が難解だとの叫び5

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                        トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」が難解だとの叫び4の続き。最終回。
                        http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3424

                        P118L9「マックスウェルの悪魔」

                        解注では触れていませんが、50年代の研究で、マクスウェルの悪魔は存在し得ない(永久機関はあり得ない)という結論が学界では信じられていましたが、この時期にその証明が誤りであることが判明し、研究と論争が再燃していました。70年代に入り再びマクスウェルの悪魔には一応の死が宣告されましたが、未だに完全な結論には至っていません。

                        P122L2「エジソンと電灯、トム・スイフトと何とかって調子ですよ」

                        トム・スイフトは、1910年から続く、科学発明物のSF小説シリーズです。SFの巨匠アイザック・アシモフやロバート・A・ハインラインも、好んで読んでいたそうです。興味のある方は、プロジェクト・グーテンベルクなどで無料で公開されていますからどうぞ。

                        P125L9「<ヴェスパーヘイヴン養老院>へ車へでかけた」

                        解注では触れていませんが、原文ではVesperhavenになるのでしょうか。だとすると、ラテン語のVesperは英語でヴィーナス、つまり金星を指します。火星(Mars)と言い間違えられる主人公の名前との関連が見逃せません。主人公と対照的な人々にとっての避難所(haven)という意味合いが出てきます。
                        また、ヴィル・ヴェスパー(Will Vesper)というドイツの作家が死んだのもこの時期(62年)です。彼は、ナチに協力的だった文学者で戦後も右翼思想を保持し、数々のスキャンダルに巻き込まれていました。

                        P125L12「一人の老人が不鮮明なレオン・シュレシンジャー漫画を放映しているテレビの前で居眠りしている」

                        解注にもあるように、レオン・シュレシンジャー(Leon Schlesinger)は、ワーナースタジオのプロデューサーで、バッグス・バニーなどを生んだことで有名です。またワーナーに勤める以前は、西部劇なども作成していました。そしてまたもやですが、シュレシンジャーはドイツ人によくある名前です。
                        この老人はトートという名前であることがこの直後に判明しますが、Thothとは古代エジプトにおける知恵と言葉を司る神を意味します。本作でも度々登場するヒエログリフを作った神でもあります。解注では触れていませんが、アメリカでは各種のオカルト信仰のネタ元の神ともなっており、同時に、オカルト好きであったナチスドイツにおいても流行しました。
                        またトート(Todt)はドイツでよくある名前ですが、ナチの高官のフリッツ・トートは連合国でもよく知られた名でした。軍需大臣であった彼は戦前は有名なアウトバーンの建設などでドイツの驚異的経済復興を支え、戦中はユダヤ人の強制労働などでこれまた驚異的な軍需生産高を実現しナチスの戦争遂行のキーマンとなりました。彼自身は一貫してヒトラーに対し戦争反対を訴えていましたが、戦中になぞの飛行機事故で死亡し、これまた戦争経済の天才として有名になるシュペーアが後を継ぎます(作中でも後にP189で「シュペール」として登場します)。この後のトート爺さんのセリフの中に、ポニー・エクスプレスの配達夫だった祖父の馬の名前がアドルフだと言う部分がありますが、これはトート爺さんとその祖父がドイツ系であることを示唆しますし、当然アドルフ・ヒトラーに掛かっているのでしょう。
                        ついでに、当時ジョン·シュレシンジャーというユダヤ人の映画監督が活躍していましたが、この頃から同性愛などの反体制的テーマを扱った映画をたてつづけに発表し高い評価を受けると共に、保守層などからの攻撃を受けていました。

                        P127L2「<ポーキー・ピッグ>の漫画とすっかりごっちゃになってしもうてのう」

                        トート爺さんのセリフですが、ポーキー・ピッグは前述のシュレシンジャー率いるワーナーにより作成された国民的アニメの主人公で、バッグス・バニーも実は元々このポーキー・ピッグの出身です。ところが60年代には既に両者の立場が逆転しており、軽薄ではあるがスピード感あふれるバックス・バニーが主役で、人は良いけどとろいポーキー・ピッグが脇役となる場合がほとんどでした。

                        P129L7「あの史碑のことではサクラメント市に手紙も出しましたが」

                        ファローピアンのセリフですが、ポニー・エクスプレスやそれに対するインディアンの襲撃などの過去の不明確な記録を「サクラメント」に問い合わせるというのはアメリカ人にとっては特別な意味を持ちます。キリスト教において「サクラメント」とは、神の御業を知らしめる儀式を指します。
                        しかもファローピアンはさりげなく、反合衆国郵便組織の問い合わせのために「手紙」つまり合衆国郵便を利用しちゃっており、アメリカ人読者にとってはギャグに見えることでしょう。

                        P131L12「ジンギス・コーエンは夏風邪気味で、ズボンの前が半分開いていて、おまけにバリー・ゴールドウォーター大統領候補支援のためのトレーニング・シャツを着ていた。エディパはたちまち母性本能に駆られた」

                        コーエン(Cohen)はユダヤ人によく見られる名前です。この時代はたくさんのコーエンさんが世界中で大活躍し、メディアを賑わせていました。特に独立したばかりのイスラエルにおいては、軍人のコーエンさんがアラブ人を追い払い、ジャーナリストで革命家のコーエンさんがイスラエル独立のための精神的な支えとなり、スパイのコーエンさんがシリアで捕まって縛り首になったりと、コーエンさん無双の時代でした。また、ホロコーストを生き延びたコーエンさんたちの文学作品などもまだ、人々の記憶に新しかった時期です。
                        主人公が好意を抱いたこの切手収集家ですが、社会の窓が開いていることをエディパはスルーし、ずーっと後まで指摘しない点が重要です。恐らくこのことはエディパの心境の変化を表しています。また、ゴールドウォーターは64年の大統領選の共和党候補で、作品中にも出てくる赤狩りのマッカーシー議員を強力に支持したり公民権法に反対するなど、タカ派として知られていました。
                        ジンギス・コーエンという名前自体については解注ではジンギスカンをもじっているとしか説明していませんが、欧米人にとってジンギス汗は、H・G・ウェルズの「宇宙戦争」に登場する火星人のごとく、デタラメに強力で抵抗のしようがない凶暴な侵略者というイメージがあります。そんなジンギス汗に似たユダヤ名の人物を設定することにより、ユダヤ人の侵略性や凶暴性を揶揄しているのでしょう。
                        ホロコーストと第2次大戦により「弱者」とのイメージが定着していたユダヤ人ですが、56年の侵略的な第二次中東戦争や、その後のパレスチナ地域への強引な入植は、当時のベトナム反戦運動とも相まって、アメリカ国内でさえも若者を中心に反発を招いていました。そして本作出版直後の67年には、イスラエルの先制攻撃により第三次中東戦争が始まります。

                        P131L16「彼はエディパをロッキング・チェアに坐らせ、ほんものの手造りタンポポ酒を小さな上品なグラスに入れて持ってきた」

                        タンポポ酒(Dandelion Wine)は、SFの巨匠として現代でも知られるレイ・ブラッドベリが1957年に発表した小説の題名(邦題「たんぽぽのお酒)でもあります。その幻想的で、複数の死生観を様々な視点から俯瞰する作風は、当時一世を風靡しました。
                        また、タンポポはもともとアメリカ大陸には存在せず、移民と共にヨーロッパから渡って来ました。タンポポ(dandelion)と言う名自体も「ライオンの歯」を意味するフランス語が変化したものであり、アメリカ人にとっては強烈にヨーロッパ情緒をイメージさせる植物です。今でこそ世界最先端の代名詞ともなっているアメリカ合衆国ですが、第二次大戦まではまだまだど田舎であり成り上がりものでした。そんなアメリカ人にとってフランスは、現代の日本人がアメリカに憧れる以上に、華やかな最先端の文明国だったのだということに注意してください。そんな意識が世代交代と共に変わってきて若者たちの間ではもはや「アメリカこそナンバーワン。でもなんか最近落ちぶれてきているよね」というように思われるようになっていたのがこの時期です。
                        ところで、タンポポ酒は普通、根以外の部分、主に花などを使用して作られます。そして根の部分はタンポポコーヒーの材料になることでも知られています。戦中コーヒー豆の輸入が途絶したナチスドイツにおいては、タンポポコーヒーは普通のコーヒーに代わる重要な嗜好品でした。
                        タンポポコーヒーは元々アメリカで発明されたものなので、60年代のアメリカ人がタンポポコーヒーの存在を知らないはずはありません。なのに根の部分を使うタンポポコーヒーを白々しく無視し、根以外の部分を使うタンポポ酒しか登場させていない点はアメリカ人読者にとっては、ジンギス・コーエンの(白々しい)ナチスドイツからの決別や忌避とか、19世紀みたいにタンポポコーヒーなんぞ飲まなくてももはや普通のコーヒーを飲める豊かな国になったのだというような様々なイメージを思い浮かべさせることになるように思えます。

                        P133L13「なぜ、わざとこんな間違いを?」

                        主人公が偽切手について質問しているセリフですが、偽切手や偽札は、わざと何らかの間違いを施している場合が多くあります。これは偽造者自身が、自分で作った偽物を識別できるようにし、それを受け取るリスクを避けるためだとも言われています。
                        実際、第二次大戦中は両陣営共に、相手の国の通貨を偽造してばら撒き信用を失墜させる秘密作戦を行なって来ましたが、それらの偽造通貨にも、製作者が見ればすぐわかる意図的なエラーが施されていました。

                        P139L13「幾層にもなって不規則にひろがるドイツ・バロックふうのホテルに到着した」

                        「ごてごて」とか「過剰装飾」などと評されるように、バロック自体が現代においてはまがい物扱いですが、それのさらにドイツ版コピーで、しかもその上「ドイツ”ふう”」と、もはやわけがわからないほどの劣化コピーの連鎖です。この前にも後にも「〜ふう」のまがい物が山ほど出てくることに注意しましょう。

                        P142L17「バークレーのキャンパスに向かった。ボーツ教授に会おうというのである」

                        州立大学であるカリフォルニア大学バークレー校は、連邦の中央集権的教育政策に対抗するために、カリフォルニア州が中心となって設立されたという経緯があります。この点で、作中に登場する秘密郵便組織の反連邦闘争に通じます。また、バークレー校という名は有名な哲学者ジョージ・バークリーにちなんだ名前です。彼の思想は、物質の客観性を拒否するものとして有名です。この点は本書のポストモダン思想にもつながりますが、例えば目の前に人がいてものをしゃべっているとしても、それは単にあなたがそう主観的に知覚しているということしか意味せず、客観的にその人がそこにいてものをしゃべっているということにはつながりません。それはひょっとしたらただの妄想・幻想に過ぎないかも知れないのです。
                        またバークレー校は当時、原爆開発で有名なマンハッタン計画の研究者を多数輩出した機関としても有名でした。あのオッペンハイマー博士も本校の出身です。そして60年代においてはバークレー校は、赤狩りやベトナム戦争に反対する拠点としても武勇を誇っていました。
                        その一方で、60年代当時に「保守的」とか「反動的」として、こうした学生運動から目の敵にされていたような重要人物達もこの大学の出身だったりします。ベトナム戦争を国防長官として指揮したマクナマラや、ケネディ暗殺の真相を隠蔽したとされているウォーレン委員会のアール・ウォーレンもこの大学の出身です。

                        P160L7「彼に忠実であったジッポー製ライターの火口のところをカチッと回し、ノルマンディ地方の生け垣からアルデンヌ高原、ドイツ、さらに戦後のアメリカと、人生をともにしてきたこの道具にもお別れしようというとき」

                        ヨーヨーダイン社の取締役がリストラにあって焼身自殺しようとする場面ですが、この部分を読むだけで当時のアメリカ人であれば、「この人はアメリカ兵としてドイツと戦った歴戦の勇士なのに、復員後は職を失うような目に合わされている」とイメージさせられることになります。
                        ジッポーは第二次大戦中にアメリカ軍へ大量納入されたことにより、今日の知名度を獲得しました。従軍経験のあるアメリカ人にとってジッポー=兵役時代の思い出となるわけです。
                        また、ノルマンディはフランス北部にあり、ドーバー海峡を挟んだイギリスの対岸地帯ですが、ここは「史上最大の作戦」とも呼ばれる、第二次大戦における対ドイツ反攻作戦の舞台となった超有名戦地です。この一大反攻作戦を支え切れなくなったナチスドイツはずるずると後退し、ドイツ・フランス国境のアルデンヌにおいて一発逆転の反撃作戦を展開しますが(日本でも映画「バルジ大作戦」や「バンド・オブ・ブラザース」などで有名ですね)、当初は目覚しい成功を納めて連合国軍の心胆を寒からしめましたが、燃料不足・戦力不足などが原因で結局作戦は失敗に終わり、あとは降伏へと一直線に転がり落ちます。
                        ちなみに軍オタの間では常識のテクニカルタームですが、「生け垣」は恐らく原文ではフランス語のボカージュ(Bocage)となっているはずです。これはノルマンディ地方における典型的農家に存在する防風用生け垣のことで、ノルマンディー上陸作戦に伴う一連のキャンペーンにおいて連合国と枢軸国の歩兵たちは、まるで市街戦のごとく、このしっかりした生け垣を身を隠すために利用して血みどろの接近戦・肉弾戦が繰り広げられました。

                        P169L16「そんなに長いあいだ郵送が手間取っていたものかねえ?」

                        1904年に投函された郵便物が60年後に届いたという話で、主人公はこれをまたも郵便制度にまつわる陰謀と絡めて考えているようです。しかし日本人には信じられないことですが、アメリカの郵便制度においては郵便物の遅配どころか紛失も日常茶飯事です。そのためアメリカの受験生は書類を決して普通郵便では送りません。必ず配達証明などで送ります。というより、郵便物が紛失もせずに確実に届くのは世界中でも日本ぐらいでしょう。それも最近では怪しくなってきていますが…

                        P172L7「アラメダ郡拝死教」

                        カリフォルニア州の郡ですが、前述のサクラメント同様、大陸横断鉄道の起点として有名です。
                        またアラメダ海軍基地は、太平洋戦争における最初の対日反攻作戦とも言える東京爆撃作戦(ドゥーリット作戦)において、陸上爆撃機を無理やり積んだ空母機動部隊が出撃した港としても知られており、アメリカ人の誇りでした。
                        それ以外に、ケネディ大統領暗殺を調査したウォーレン委員会のアール・ウォーレンがかつて検事を務め、辣腕を振るっていた地としても知られています。

                        P212L5「「ウィンスロップ・トレメイン」と意気さかんに企業家が答えた」

                        若者や女性向けにナチ親衛隊の制服を売ろうとする男の名前ですが、シンデレラ物語において、シンデレラをいじめる継母とその娘たちの名もトレメインです。アメリカではしばしば映画や小説などにおいて、エキセントリックな人物の名として使用されます。

                        P222L12「『ダイオクリーシャン・ブロップ博士の奇妙なイタリア人遍歴物語』」

                        解注にもあるようにダイオクリーシャンとは、ローマ皇帝ディオクレティアヌスを指しますが、清教徒革命において共和主義者として活躍したジョン・ミルトンの名がこの直後に登場することを考えると、本作においてはキリスト教迫害云々よりも、名目上共和制を維持していたローマ帝国を、実質的にも専制君主制にしてしまった実績の方が重要なように思えます。
                        ディオクレティアヌスはその居城を度々キリスト教徒に放火されたことでも知られています。ヒトラーが戦前に独裁権を確立した際にも、共産党員による国会放火を口実にしたことが有名ですから、この二つのイメージを意図的に重ね合わせる目的があってディオクレティアヌスを登場させたのかも知れません。

                        P228L5「ナパ・ヴァレー産のマスカテル・ワインを飲んだ」

                        アメリカ産ワインの代名詞とも言えるナパ・ヴァレーワインですが、戦前までは、フランス産ワインのただのパチもの・パクリ・粗悪代替品に過ぎませんでした。それを大きく変えたのが第二次世界大戦です。これによりフランスはナチスドイツに征服されてしまい、更にその後の戦火によりワイン畑やワイナリー自体も大打撃を受け、フランス産の「本物」のワイン供給が数年にわたり激減してしまいます。この危機に乗じてアメリカ産ワインは今日の確固たる地位を獲得しました。
                        ナパ・バレーと言う地名はインディアンの言葉に由来しますので、アメリカ人読者であれば、ネイティヴから奪い取った土地でヨーロッパ産高級品に取って代わる物を生産するという皮肉に微笑する所があるかも知れません。

                        P243L15「1923年にドレスデンで開かれた競売会のカタログで消音器つき郵便喇叭を見たという王立郵趣協会にいる友人のおぼろげな記憶だとか」

                        ドレスデンは現在のドイツの都市ですが、60年代当時はまだ東ドイツ領だったので、西側の人間が自由に入れるような場所ではありませんから、主人公は情報の信憑性について確認のしようがありません。しかもドレスデンは、第二次大戦中に連合国により行われた悪名高い大規模戦略爆撃により丸焼けになっており、ますます証拠探しが難しいのは勿論のこと、連合国民にとっては非常にバツの悪い思いをさせられる地名でもあります。さらに1923年というのは、第一次大戦の敗戦に伴う賠償金をドイツが滞納したことを口実に、フランスとベルギーがドイツのルール工業地帯を占領してしまった年でもあります。後世においてこの事件は、ナチスドイツを台頭させる原因になった愚行の一つとして評価されています。この占領は、有名なドイツのハイパーインフレーションの引き金にもなりました。

                        P259L5「美しいモザンビークの三角切手が何枚か出まして」

                        ジンギス・コーエンが競売会場にやってきた際の言い訳のセリフですが、この時期モザンビークはポルトガルの植民地支配を脱するための独立戦争(64〜)のまっただ中にありました。モザンビーク解放戦線はソ連からの援助を受けており、米ソ代理戦争の最前線となっていました。解放戦線指導者のエドゥアルド・モンドラーネがアメリカ留学経験があることや当時のアメリカでのベトナム反戦運動の盛り上がりに関連して、解放戦線のために多くの義援金が募られたり、義勇兵が参戦したりしています。
                        モンドラーネが留学していたオハイオ州のオベリン大学は、設立当時から女性や黒人さえも差別せず入学させていたというアメリカでは極めて珍しい大学で、当時の公民権運動の盛り上がりによってただでさえ注目を受けていた大学です。また本作に関係しそうな人物に限ると、電話機の発明者としてはグラハム・ベルが有名ですが、彼より特許申請が数時間遅れたばかりにこの世紀の大発明を逃してしまったイライシャ・グレイや、俳優のオーソン・ウェルズもこの大学の出身です。

                        P259L12「「あなた、ズボンの前があいてます」とエディパはささやいた」

                        ジンギス・コーエンが社会の窓を盛大に開けっ放しでいたことは、前述のように主人公は彼との初対面の際から気付いていましたが、これまではスルーしてきたくせに、結末間際の今になってようやくそのことを指摘します。しかも、この直後にコーエンが差し出した腕を無視しているようにも取れます。



                        という訳で、ようやく結末を迎えました。60年代に生きたアメリカ人読者が持っていたであろう常識や教養についてのネタ明かしだけにとどめ、小説のポストモダン的解釈などについてはあえて最小限度しか解説しませんでしたが、読書会の際に読んでみてよくわからなかった方も、これを参考にもう一度チャレンジしてもらえれば幸いです。

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