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    トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」が難解だとの叫び3

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      トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」が難解だとの叫び2の続き。

      本作が本来、小難しい文学作品というよりも筒井康隆的ギャグ小説、SF・ファンタジー小説であるという点を明らかにするために、文庫版巻末の解注ではあまり注目されていないネタを追ってみようと思います。前にも触れたように、「本物」と「偽物」がせめぎ合う本作においては、ここで説明する以外にも様々な「偽物」が登場することに特に注意してください。僕が気づいていないだけで他にも色々ネタが隠されていると思うので、各自探してみましょう。特に音楽を中心とするアートの分野については暗いので、余り期待しないように。
      読み進めて頂くとわかるように、たった一つの単語や表現の裏に、「書かれていない」様々な意味や多義性が隠されています。このような意味の多様性がポストモダン小説の特徴であり、作中で登場するエントロピーや情報量などの概念にも関わっています。
      みなさんも、60年代アメリカを知る人々が本作を読んだ場合どのように感じたであろうか思いを馳せながら参考にしてみてください。

      P8L1「エディパ・マース夫人はタッパーウェア製品宣伝のためホームパーティから帰ってきたが」

      解注で触れている以外に重要な点として、アメリカではタッパーウェアは第二次大戦直後から普及し始めました。そしてその宣伝文句は「台所へ帰ろう!」でした。これは大戦中、戦争に出かけた男たちの代わりに女たちが工場や事務所などに働きに出ていたことと関係があります。これにより女性の社会進出が一挙に加速し、大草原の小さな家的な「古き良きアメリカの家庭」は急速に解体され、作品の舞台である60年代アメリカのフェミニズム運動に繋がります。そんな中で、コミュニティの再生と婦人の家庭回帰をスローガンとするタッパーウェア商法は、プラスチックという当時のハイテクのイメージと同時に、ある種のノスタルジックな古き好きアメリカのイメージと結びついた複雑な存在でありある意味イデオロギー運動でもありました。
      更に深読みすれば、タッパーの発明・創業者であるアール・タッパーは、ニューハンプシャー州の都市であるベルリンで生まれています。ナチスドイツと戦った国が、敵国の首都と同じ名前を持つ街で生まれた製品にすがって「古き好きアメリカ」への回帰を夢見ていることへの皮肉と受け取る事も出来ます。
      ついでながら主人公のマース(Maas)という名前は作中でマーズなどと言い間違えられますが、スニッカーズやM&M'sなどで知られるアメリカの一大菓子メーカーであるマース社(Mars)も良く、マーズと言い間違えられます。実際創業者の名前は綴りはマースと同じですがマーズと発音します。スニッカーズやM&M'sなどは現在でもアメリカ軍の戦闘用糧食の定番メニューですが、コカ・コーラなどと同様第二次大戦で米軍に大量納入し始めたのをきっかけに国民に広く浸透しました。第二次大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争などに従軍経験のあるアメリカ人にとっては、マースという名前は軍隊生活とアンクルサムを想起させるものなのではないでしょうか。
      更に、マーズ(Mars)は英語で火星を意味しますが、火星はローマ神話の軍神マルスの象徴でもあります。マースをマーズと発音すると、英語圏の人々は軍隊経験者でなくても何か闘いや勇ましさをイメージすることになるのかも知れません。
      元々マース(Maas)とは、フランスからオランダに流れるムーズ川とスペルが同じであり、この川は、作中でも登場する神聖ローマ帝国の国境でもありました。

      P8L11「メキシコのマサトランのホテル」

      19世紀のゴールドラッシュの時代において、ドイツから大量の移民が流入したためドイツ情緒の街並などで有名な都市です。メキシコに限らず南米全域には、古くからドイツ系移民が大量に流入しており、それが戦後の「ヒトラーはブラジルで生きていた!」などのナチ戦犯亡命説に繋がります。実際、作中にも登場するナチ高官のアイヒマンは、アルゼンチンに潜伏していたところを60年にイスラエルの諜報・工作機関であるモサドによって逮捕されます。

      P9L1「コーネル大学の図書館」

      解注では主人公とピンチョンの出身大学だとしか触れられていませんが、この有名大学の創設者エズラ・コーネルは19世紀アメリカにおける鉄道・電信ビジネスのパイオニアです。つまり物語の軸となっている反郵便運動と密接に関連しています。反郵便運動を追う主人公は実は知らないうちに、そうした運動の母体とも言える大学を出ていたのだ、なんという運命の皮肉!というわけです。

      P9L12「署名はメツガーというひとのものだ」

      メツガーというのはドイツ人によくある名前です。そして典型的アメリカ女をイメージさせる主人公が、このドイツ風男と深く関わっていくわけですが、ここでもかつての敵国ドイツを読者に意識させ皮肉を感じさせることになります。
      ちなみにこのころラドリー・メツガーという監督が映画「カルメン・ベビー」という、メツガーと主人公エディパとの関係を少々思い起こさせるようなインモラルな作品を成功させ話題になりました。また、作中にも登場するフォルクスワーゲンはナチス・ドイツ時代に開発された大衆車で戦後ブームになりアメリカ市場も席巻しましたが、その設計技師にハンス・メツガーという人がいます。

      P9L17「キナレット・アマング・ザ・パインの下町の」

      キナレットというのは、現在のイスラエルにある湖の名前でかつてはガリラヤの名で知られていました。イエス・キリストの活動の拠点としても有名であり、戦後すぐの48年に独立したイスラエルが、アラブ諸国からの侵入を退ける戦いを繰り広げた要衝としても知られています。イスラエル人やユダヤ系アメリカ人にとっては、日本人にとっての日本海海戦とか元寇の神風ぐらいに民族的な誇りと共に語られる名であり、アラブ人やパレスチナ難民にとっては忌まわしき名です。

      P10L2「ヴィヴァルディ『カズー笛協奏曲』」

      解注でも触れられているように、これは架空の曲ですがそれ以外に、カズーという楽器は黒人奴隷の象徴であもあります。50-60年代のアメリカにおいては公民権運動におけるシンボルの一つでもありました。また、カズーは別名をバズーカといい、第二次大戦中ドイツ軍の戦車を破壊するためにアメリカ軍が開発した携帯用対戦車兵器「バズーカ」の語源ともなっています。

      P10L6「コスレタスの葉をちぎったり」

      原産地は地中海にあるギリシャ領のコス島。ヒポクラテスの生地として知られており、第二次大戦中はドイツに占領されていました。その占領の経緯についてはドイツ最後の勝利として知られており、連合国国民にとっては大変苦い思いの伴う地名です。またこの戦いの時点ではイタリアは降服し連合国の一員となっていたため、駐留していたイタリア兵がかつての同盟国であるドイツによって多数殺害されました。このことはイタリア系アメリカ人にとっても大きなしこりとなっています。

      P10L13「7時の<ハントリー・アンド・ブリンクリー>ニュース・ショーの半ばになって」

      解注では触れていませんが、このニュース番組は当時視聴率ナンバーワンでした。しかしこのころウォルター・クロンカイトがCBSイブニングニュースのアンカーマンとなり、ベトナム反戦運動の論陣を張ります。また彼は、第二次大戦においても従軍記者としても知られており、そうしたただの左翼的反戦思想とは一線を画した実績を背景に、60年代半ば頃からハントリー・アンド・ブリンクリーから視聴率トップの座を奪い取ります。つまり当時のアメリカ人はハントリー・アンド・ブリンクリーの名を出されると、新時代の若者文化に敗れ去った過去の遺物というイメージが思い浮かべられることになります。

      P13L11「そのとかし方はジャック・レモンふうに」

      解注ではただの「映画俳優」としか紹介されていませんが、彼は喜劇俳優として有名でした。まじめに生きようとする主人公の夫であるムーチョの髪型やスタイルがバカっぽいということを示しています。また英語で「レモン」は欠陥品(特に欠陥中古車)という意味も含まれ、経済学でも後に「レモンの定理」「レモンの法則」として知られることになります。中古車業を営んでいたムーチョを「レモン」と呼ぶことは、アメリカ人の笑いを誘うものと思われます。

      P14L10「フレームはひん曲がり」

      ムーチョがかつて中古車業であったころの回想ですが、日本の「綺麗な」中古車と違い、アメリカでは中古車はゴミだらけ凹みだらけの使いふるしであることに注意する必要があります。そこには、かつての使用者の人生そのものが刻まれており、車を見ればその人や家族の人生を想像することができます。作中では他にも、人や社会などの主体そのものよりも、そうしたものを映し出す物の方が重要であるという描写が多数出てきますので注意しましょう。

      P16L10「ジャングルに隠れた日本兵、タイガー戦車に乗ったドイツ兵」

      主人公は28歳ですので、ムーチョは恐らく20代後半から30代前半と思われますが、これは60年代アメリカにおいては非常に微妙なお年ごろです。彼らの兄や親はまさに、日本兵やドイツ兵と戦うため戦場に兵士として赴いた世代ですが、エディパやムーチョは、戦場に出ることはなく、家庭で子どもとして「ジャングルに隠れた日本兵、タイガー戦車に乗ったドイツ兵」のことを親やメディアから邪悪な敵・悪魔として聞き育っただけです。そして彼らより更に下の世代は、そうしたイメージからも無縁にベトナム反戦平和運動に突き進むことになります。
      また、フォルクスワーゲンはポルシェ博士による設計ですが、タイガー戦車もポルシェによって開発されました。

      P19L16「市の中央病院がLSD-25」

      LSDは当時のおしゃれ麻薬の代表格であり、ヒッピー文化の象徴です。ビートルズもLSDに度々言及しています。ピンチョン以外のいろいろな作品にも登場するアメリカ文学の必須アイテムですので、記憶にとどめておきましょう。60年代においてはまだその麻薬性と危険性に論争があり、州ごとに違法合法の法規制がばらばらでした。

      P22L10「同じグループ療法(セラピー)の集まりに、パロ・アルト市」

      ヒューレット・パッカード社の本社などがあるカリフォルニアの都市で、当時のハイテク産業の中心でもあります。現在のシリコンバレーと範囲が若干被っており、フェイスブックもこの都市を拠点としています。そうした科学技術の先端都市で働き疲れた人々がセラピーに頼っているということをイメージさせます。この作品より少し後になりますが、ヒューレット・パッカードのCEOであるデビッド・パッカードは69年にその地位を退き、以後ニクソン政権の国防副長官として、ベトナム戦争などの指揮をとることになります。これにより当時の若者たちからは、老いたアメリカ・背徳的な先端科学の象徴として見られることになります。
      またパロ・アルトとはスペイン語で「高い木」を意味するそうで、これはパロ・アルト市周辺にも多く自生していたセコイアの木を指します。セコイアはその世界一とも言われる巨大さゆえに別名をアメリカ杉とも言い、強いアメリカの象徴ともされています。

      P25L5「スペインから亡命してきた美しいレメディオス・バロの絵画展にさまよいこんだ」

      解注でも詳細に触れられていますが、本作の理解においては郵便制度並みに大変重要ですので飛ばさずに読んでください。それ以外に、彼女の亡命の原因はナチの弾圧にあるという点も重要です。更に亡命後、ナチの強制収容所から逃れてきた男性と結婚しています。
      近代的人間というものはなにか見えないシステムに囚われ見張られているというのは、フーコーなどが指摘したところですが、そうした拘束的な何ものかを破壊し新境地を拓こうとするのが、ポストモダン文学の特徴です。
      また近代文学が起承転結という構造を持っていて結末もはっきりしているという特徴を持つのに対して、ポストモダン文学は起承転結もよくわからず結末もぼんやりしていて結論や著者の言いたいこともよくわからないという特徴がありますが、これらもバロの画のイメージと重なる部分があります。こうした点は文学に限らず絵画や音楽などのアートや、哲学などの思想の分野とも密接に関連していて、先日文藝部において取り上げられたジャクソン・ポロックの絵画なども、ポストモダン文学とイメージが重なる部分があることに注意しましょう。

      P35L3「エディパの今夜の計画はテレビで<ボナンザ>を見るくらいのものだった」

      当時爆発的視聴率を誇った西部劇です。郵便局がやはり重要な役割として度々登場します。彼らは野蛮で未開な西部において、合衆国という統一政府と秩序の象徴でもありました。私営企業ですが、作中にも登場するポニー・エクスプレスという西部開拓当時の郵便会社が中心となるエピソードも製作されました。

      P37L5「トルコのガリポリに行って、そこで父親は何とか小型潜水艦をつくるんだ」

      解注の通り、第一次大戦当時に連合国が、当時ドイツの同盟国であったトルコに上陸して失敗した作戦を描写したものです。ロシアの黒海と地中海を結ぶ戦略的要衝ダーダネルス海峡を封鎖する「ガリポリ作戦」「ダーダネルス作戦」は、メディアを通じて一般市民でも知っている、第一次大戦における超有名作戦の一つです。実はこの計画を推し進めたのは、後にイギリス首相としてナチと戦い続けたチャーチルです。彼はこの作戦の失敗で失脚したため、その後のナチの台頭に対する宥和政策とそれに伴う第二次大戦勃発の責任を問われることなく、棚ぼた式に総理の座を勝ち取ることができたとも言われています。つまり彼は、鉄の意志と若干の運の助けによって西側世界の自由と平和を守り通した人物というイメージを持たれていました。チャーチルは戦後、冷戦を意味することになる「鉄のカーテン」という言葉を作り上げましたが、そんな彼が死んだのが、作品の時代と重なる65年のことです。
      また、ダーダネルス海峡自体は現在に至るまで一貫して軍事的政治的要衝で在り続けており、特に60年代の冷戦においては、ソ連黒海艦隊が地中海に出てこないようにするための封じ込めポイント(チョークポイントと言います)として重要でした。その頃のトルコは(現在に至るまで)NATOの一員としてアメリカと同盟関係にあり、キューバ危機においてもソ連がキューバのミサイル撤去と引換に、アメリカに対しトルコに配備されていた核ミサイルの撤去を要求していたという経緯があるため、当時のアメリカ人にとってはトルコと言う名は非常に身近であったと思われます。その上、60年代当時はアメリカの友としてヘタをしたら人類滅亡に至るまで行動を共にしたかも知れない同盟国が、かつては恐るべき敵であったという皮肉をも感じさせます。

      P38「<ファゴーソ礁湖>というのは、ここから西のほうにある新興住宅地である」

      このような人造湖を掘って作った新興住宅地は、この頃のブームでした。そしてそれは、古き好きアメリカの象徴でもあり、アメリカンホームドラマ的良き家庭の舞台ともなりました。思想的にはエディパにも近い、共和党的保守層の地盤となっています。それは様々な意味で、古き好きアメリカの偽物・まがい物でもありました。後に続く描写にも、まがい物の建物やまがい物の湖底の遺物などが意識的に描写されていることに注意してください。これらの新興住宅の多くは後に、開発が行き詰まったり過疎化や財政難に襲われ衰退していきます。

      P45L2「 父親がオーストラリア・ニュージーランド共同軍団上陸拠点の絶壁の」

      通称アンザック(ANZAC)は、第一次大戦時に宗主国のイギリスを助けるために編成された部隊で、その精強さは度々メディアを賑わせました。そしてアンザックは、作品の舞台である60年代に戦われていたベトナム戦争にも派遣され、今度は逆に汚辱と敗北にまみれた不名誉な報道をされます。

      P54L15「ポーカー・フェイスの少女が着せかえのバービー人形に集中しているようだとエディパは思った」

      意外に知られていませんが、バービー人形は日本製です。そのためアメリカ人には、敗戦国日本の経済的復興や経済的侵略の象徴として見られました。着せ替え遊びという偽物を人形という偽物を使って楽しむ、更にその西洋人形を作るのは、戦争で打ち負かしたはずの東洋人…というように、この何気ない描写にもやはり何重にも絡みあった「偽装」の構造が見られます。
      おまけにバービー人形を考案したルース・ハンドラーはポーランド系ユダヤ人で、やはりここにもナチスの影を見て取ることができます。

      P61L2「「いいじゃないか。まちがえてボタンを押して戦争をやるなんてことだけ注意してくれれば」」

      このメツガーのセリフは、このころ発生したキューバ危機を背景に登場した「ボタン戦争」という言葉とそれに伴う、核戦争による人類滅亡の恐怖を表しています。それまでの古きよき戦争から、指先ひとつで数時間で人類滅亡という決着がついてしまう機械的で意義の乏しいジェノサイドの可能性という、人類の歴史上かつてない状況に直面したのが、60年代当時に生きた人々です。その衝撃はいかほどであったでしょう。

      P62L12「「あれはシュトックハウゼンの作品」とクールな灰色の顎ひげが教えてくれた」

      電子音楽のパイオニアだそうです。音楽には暗いんで、音楽的価値についてはよくわかりません。ただ解注では触れていませんが、やはり彼もナチと深いつながりがあります。精神病患者であった母親はナチにより安楽死させられており、父親はソ連との戦いに投入され行方不明になっています。
      また、作中では教育を「洗脳」と断定する描写が後に出てきますが、彼の音楽教育方法は型にはまらない自由奔放ななものとして知られており、同時に厳密な楽譜を参考にした演奏ではなく、即興性やそれに伴う多義性を重視した演奏法を堅持しました。この意味で彼の音楽はポストモダン文学の多義性に通じる所があるのかも知れません。

      P64L10「南部軍の巡洋艦<アラバマ>号と<サムター>号が」
      P65L10「「どっちでもいいことですよ」とファローピアンは肩をすくめてみせた」
      P65L14「これこそロシアとアメリカの全くの最初の軍事対決だったのです」

      アメリカ人が大好きな南北戦争のお話。特に「サムター」なんて聞いたら、歴史好きのアメリカ人はしびれちゃうことでしょう(戦国オタにとっての関ヶ原、幕末オタにとっての鳥羽伏見ってところでしょうか)。それを曲解して、60年代ホットであった米ソ冷戦における反共産活動に利用している団体のエピソード。ここでも本作のテーマである「偽物」が登場する。南北戦争は日本人にとっての幕末維新や戦国時代以上にアメリカ人にとっては一般教養なので、この部分の間違えに気付かない読者は恐らく少ない。しかし、たとえ間違えていようが曲解していようが、結論にはほとんど影響しないことに注意しましょう。

      P66L1「「ぼくらより左がかっている<ジョン・バーチ・ソサエティ>の仲間が殉教者に仕立てあげようとしている狂信者とは、わけがちがいます」」

      右翼団体のファローピアンに「左」とか言われちゃっているところが、これまたアメリカ人読者の笑いを誘うジョークになっている。ジョン・バーチ・ソサエティは当時非常に勢力を誇った右翼団体です。作品で扱われている反郵便陰謀組織と違い、ちゃんと議会に議員まで送り込んでいた、当時の公民権運動などにも反対した反動的勢力です。こうした実在でかつ有力な組織を取り上げることにより、作中に登場する各種秘密組織のリアリティを高めています。

      P68L14「 WASTE?ウェイスト?エディパは不思議に思った。この告示の下に鉛筆で薄く、いままで見たこともない印があった」

      本作で多数登場する言葉遊びの一つです。更に注意すべき点は、この前の告知文は口紅で書かれているのに、ここで登場する喇叭のヒエログリフのようなシンボルは鉛筆で描かれている点です。つまり、両者は全く別の人間によって書かれた、何の関係もないものである可能性が高いことになります。それをエディパは勝手に、両者が同一の人間によって描かれていると思い込み、反郵便制度の陰謀が存在しているとの考えに囚われていくことになります。

      P70「「これと似た実験はワシントンと、それからたぶんダラスの支部でやっています。が、カリフォルニアでは、いまのところ、ぼくらだけ」」

      ファローピアンはこうした反郵便組織がカリフォルニア以外にも存在していると言っていますが、全く根拠が存在しないところに注意しましょう。アメリカ人読者の多くもそのことにすぐ気づきニヤリとするはずです。首都である以上悪徳と腐敗にまみれたワシントンに存在する「であろう」と妄想するのは当然として、ダラスにも存在する「であろう」と妄想している理由は、63年のケネディ大統領暗殺が原因だと思われます。この事件によりダラスはアメリカ人にとって「city of hate」(憎むべき都市)というありがたくない別名で知られることになります。そうしたダーティなイメージに基づいて、後の78年には「ダラス」というドラマまで作られ大ヒットすることになります。

      P72L16「彼の会社を組織したデラウェアにおける代理人」

      エディパの元恋人の会社のことですが、この州の法律は会社の設立や解散が容易なことで有名で、アメリカの企業の多くが形式的に本社を置いていたりします。本作にも登場するIBMやヒューレット・パッカードもデラウェアが書類上の本社です。数万円の費用で一日で株式会社を設立できるため、日本人もよくここで日本にいながら会社を設立して世界中で商業活動を行なっています。
      他にもアメリカ人にとっては「デラウェア州=イカサマ・不正」というイメージがあります。これは、最初にデラウェアに入植したイギリス人がインディアンを騙して土地を巻き上げたという故事が有名なためです。なんとブリタニカ百科事典にも土地詐欺の例として載っているほどです。
      またデラウェア州は伝統的に、中央政府の権限強化に反対するリパブリカンや分離主義運動の活発な地域でもあります。そうした意味で、読者にとっては反郵便運動のような地下組織が存在しても不思議はないというイメージを与える役割も果たしています。
      更にこの州は、南北戦争以来人種差別問題で中心的役割も果たして来ました。公民権運動においても、各種の裁判や反差別闘争によってメディアを賑わせました。
      ちなみにリパブリカンの反対勢力である連邦主義者のことはフェデラリスト(federalist)と言いますが、切手収集家のことはフィラテリスト(philatelist)と言います。切手マニアだった僕は小中学生の頃、この2つをよく聞き間違えたのですが、このあたりの音感の類似はアメリカ人にとってどう感じられているのでしょうか。

      という訳で、気が向いたら続く。

      トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」が難解だとの叫び4
      http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3424






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