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トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」が難解だとの叫び5

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    トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」が難解だとの叫び4の続き。最終回。
    http://nakamiya893.jugem.jp/?eid=3424

    P118L9「マックスウェルの悪魔」

    解注では触れていませんが、50年代の研究で、マクスウェルの悪魔は存在し得ない(永久機関はあり得ない)という結論が学界では信じられていましたが、この時期にその証明が誤りであることが判明し、研究と論争が再燃していました。70年代に入り再びマクスウェルの悪魔には一応の死が宣告されましたが、未だに完全な結論には至っていません。

    P122L2「エジソンと電灯、トム・スイフトと何とかって調子ですよ」

    トム・スイフトは、1910年から続く、科学発明物のSF小説シリーズです。SFの巨匠アイザック・アシモフやロバート・A・ハインラインも、好んで読んでいたそうです。興味のある方は、プロジェクト・グーテンベルクなどで無料で公開されていますからどうぞ。

    P125L9「<ヴェスパーヘイヴン養老院>へ車へでかけた」

    解注では触れていませんが、原文ではVesperhavenになるのでしょうか。だとすると、ラテン語のVesperは英語でヴィーナス、つまり金星を指します。火星(Mars)と言い間違えられる主人公の名前との関連が見逃せません。主人公と対照的な人々にとっての避難所(haven)という意味合いが出てきます。
    また、ヴィル・ヴェスパー(Will Vesper)というドイツの作家が死んだのもこの時期(62年)です。彼は、ナチに協力的だった文学者で戦後も右翼思想を保持し、数々のスキャンダルに巻き込まれていました。

    P125L12「一人の老人が不鮮明なレオン・シュレシンジャー漫画を放映しているテレビの前で居眠りしている」

    解注にもあるように、レオン・シュレシンジャー(Leon Schlesinger)は、ワーナースタジオのプロデューサーで、バッグス・バニーなどを生んだことで有名です。またワーナーに勤める以前は、西部劇なども作成していました。そしてまたもやですが、シュレシンジャーはドイツ人によくある名前です。
    この老人はトートという名前であることがこの直後に判明しますが、Thothとは古代エジプトにおける知恵と言葉を司る神を意味します。本作でも度々登場するヒエログリフを作った神でもあります。解注では触れていませんが、アメリカでは各種のオカルト信仰のネタ元の神ともなっており、同時に、オカルト好きであったナチスドイツにおいても流行しました。
    またトート(Todt)はドイツでよくある名前ですが、ナチの高官のフリッツ・トートは連合国でもよく知られた名でした。軍需大臣であった彼は戦前は有名なアウトバーンの建設などでドイツの驚異的経済復興を支え、戦中はユダヤ人の強制労働などでこれまた驚異的な軍需生産高を実現しナチスの戦争遂行のキーマンとなりました。彼自身は一貫してヒトラーに対し戦争反対を訴えていましたが、戦中になぞの飛行機事故で死亡し、これまた戦争経済の天才として有名になるシュペーアが後を継ぎます(作中でも後にP189で「シュペール」として登場します)。この後のトート爺さんのセリフの中に、ポニー・エクスプレスの配達夫だった祖父の馬の名前がアドルフだと言う部分がありますが、これはトート爺さんとその祖父がドイツ系であることを示唆しますし、当然アドルフ・ヒトラーに掛かっているのでしょう。
    ついでに、当時ジョン·シュレシンジャーというユダヤ人の映画監督が活躍していましたが、この頃から同性愛などの反体制的テーマを扱った映画をたてつづけに発表し高い評価を受けると共に、保守層などからの攻撃を受けていました。

    P127L2「<ポーキー・ピッグ>の漫画とすっかりごっちゃになってしもうてのう」

    トート爺さんのセリフですが、ポーキー・ピッグは前述のシュレシンジャー率いるワーナーにより作成された国民的アニメの主人公で、バッグス・バニーも実は元々このポーキー・ピッグの出身です。ところが60年代には既に両者の立場が逆転しており、軽薄ではあるがスピード感あふれるバックス・バニーが主役で、人は良いけどとろいポーキー・ピッグが脇役となる場合がほとんどでした。

    P129L7「あの史碑のことではサクラメント市に手紙も出しましたが」

    ファローピアンのセリフですが、ポニー・エクスプレスやそれに対するインディアンの襲撃などの過去の不明確な記録を「サクラメント」に問い合わせるというのはアメリカ人にとっては特別な意味を持ちます。キリスト教において「サクラメント」とは、神の御業を知らしめる儀式を指します。
    しかもファローピアンはさりげなく、反合衆国郵便組織の問い合わせのために「手紙」つまり合衆国郵便を利用しちゃっており、アメリカ人読者にとってはギャグに見えることでしょう。

    P131L12「ジンギス・コーエンは夏風邪気味で、ズボンの前が半分開いていて、おまけにバリー・ゴールドウォーター大統領候補支援のためのトレーニング・シャツを着ていた。エディパはたちまち母性本能に駆られた」

    コーエン(Cohen)はユダヤ人によく見られる名前です。この時代はたくさんのコーエンさんが世界中で大活躍し、メディアを賑わせていました。特に独立したばかりのイスラエルにおいては、軍人のコーエンさんがアラブ人を追い払い、ジャーナリストで革命家のコーエンさんがイスラエル独立のための精神的な支えとなり、スパイのコーエンさんがシリアで捕まって縛り首になったりと、コーエンさん無双の時代でした。また、ホロコーストを生き延びたコーエンさんたちの文学作品などもまだ、人々の記憶に新しかった時期です。
    主人公が好意を抱いたこの切手収集家ですが、社会の窓が開いていることをエディパはスルーし、ずーっと後まで指摘しない点が重要です。恐らくこのことはエディパの心境の変化を表しています。また、ゴールドウォーターは64年の大統領選の共和党候補で、作品中にも出てくる赤狩りのマッカーシー議員を強力に支持したり公民権法に反対するなど、タカ派として知られていました。
    ジンギス・コーエンという名前自体については解注ではジンギスカンをもじっているとしか説明していませんが、欧米人にとってジンギス汗は、H・G・ウェルズの「宇宙戦争」に登場する火星人のごとく、デタラメに強力で抵抗のしようがない凶暴な侵略者というイメージがあります。そんなジンギス汗に似たユダヤ名の人物を設定することにより、ユダヤ人の侵略性や凶暴性を揶揄しているのでしょう。
    ホロコーストと第2次大戦により「弱者」とのイメージが定着していたユダヤ人ですが、56年の侵略的な第二次中東戦争や、その後のパレスチナ地域への強引な入植は、当時のベトナム反戦運動とも相まって、アメリカ国内でさえも若者を中心に反発を招いていました。そして本作出版直後の67年には、イスラエルの先制攻撃により第三次中東戦争が始まります。

    P131L16「彼はエディパをロッキング・チェアに坐らせ、ほんものの手造りタンポポ酒を小さな上品なグラスに入れて持ってきた」

    タンポポ酒(Dandelion Wine)は、SFの巨匠として現代でも知られるレイ・ブラッドベリが1957年に発表した小説の題名(邦題「たんぽぽのお酒)でもあります。その幻想的で、複数の死生観を様々な視点から俯瞰する作風は、当時一世を風靡しました。
    また、タンポポはもともとアメリカ大陸には存在せず、移民と共にヨーロッパから渡って来ました。タンポポ(dandelion)と言う名自体も「ライオンの歯」を意味するフランス語が変化したものであり、アメリカ人にとっては強烈にヨーロッパ情緒をイメージさせる植物です。今でこそ世界最先端の代名詞ともなっているアメリカ合衆国ですが、第二次大戦まではまだまだど田舎であり成り上がりものでした。そんなアメリカ人にとってフランスは、現代の日本人がアメリカに憧れる以上に、華やかな最先端の文明国だったのだということに注意してください。そんな意識が世代交代と共に変わってきて若者たちの間ではもはや「アメリカこそナンバーワン。でもなんか最近落ちぶれてきているよね」というように思われるようになっていたのがこの時期です。
    ところで、タンポポ酒は普通、根以外の部分、主に花などを使用して作られます。そして根の部分はタンポポコーヒーの材料になることでも知られています。戦中コーヒー豆の輸入が途絶したナチスドイツにおいては、タンポポコーヒーは普通のコーヒーに代わる重要な嗜好品でした。
    タンポポコーヒーは元々アメリカで発明されたものなので、60年代のアメリカ人がタンポポコーヒーの存在を知らないはずはありません。なのに根の部分を使うタンポポコーヒーを白々しく無視し、根以外の部分を使うタンポポ酒しか登場させていない点はアメリカ人読者にとっては、ジンギス・コーエンの(白々しい)ナチスドイツからの決別や忌避とか、19世紀みたいにタンポポコーヒーなんぞ飲まなくてももはや普通のコーヒーを飲める豊かな国になったのだというような様々なイメージを思い浮かべさせることになるように思えます。

    P133L13「なぜ、わざとこんな間違いを?」

    主人公が偽切手について質問しているセリフですが、偽切手や偽札は、わざと何らかの間違いを施している場合が多くあります。これは偽造者自身が、自分で作った偽物を識別できるようにし、それを受け取るリスクを避けるためだとも言われています。
    実際、第二次大戦中は両陣営共に、相手の国の通貨を偽造してばら撒き信用を失墜させる秘密作戦を行なって来ましたが、それらの偽造通貨にも、製作者が見ればすぐわかる意図的なエラーが施されていました。

    P139L13「幾層にもなって不規則にひろがるドイツ・バロックふうのホテルに到着した」

    「ごてごて」とか「過剰装飾」などと評されるように、バロック自体が現代においてはまがい物扱いですが、それのさらにドイツ版コピーで、しかもその上「ドイツ”ふう”」と、もはやわけがわからないほどの劣化コピーの連鎖です。この前にも後にも「〜ふう」のまがい物が山ほど出てくることに注意しましょう。

    P142L17「バークレーのキャンパスに向かった。ボーツ教授に会おうというのである」

    州立大学であるカリフォルニア大学バークレー校は、連邦の中央集権的教育政策に対抗するために、カリフォルニア州が中心となって設立されたという経緯があります。この点で、作中に登場する秘密郵便組織の反連邦闘争に通じます。また、バークレー校という名は有名な哲学者ジョージ・バークリーにちなんだ名前です。彼の思想は、物質の客観性を拒否するものとして有名です。この点は本書のポストモダン思想にもつながりますが、例えば目の前に人がいてものをしゃべっているとしても、それは単にあなたがそう主観的に知覚しているということしか意味せず、客観的にその人がそこにいてものをしゃべっているということにはつながりません。それはひょっとしたらただの妄想・幻想に過ぎないかも知れないのです。
    またバークレー校は当時、原爆開発で有名なマンハッタン計画の研究者を多数輩出した機関としても有名でした。あのオッペンハイマー博士も本校の出身です。そして60年代においてはバークレー校は、赤狩りやベトナム戦争に反対する拠点としても武勇を誇っていました。
    その一方で、60年代当時に「保守的」とか「反動的」として、こうした学生運動から目の敵にされていたような重要人物達もこの大学の出身だったりします。ベトナム戦争を国防長官として指揮したマクナマラや、ケネディ暗殺の真相を隠蔽したとされているウォーレン委員会のアール・ウォーレンもこの大学の出身です。

    P160L7「彼に忠実であったジッポー製ライターの火口のところをカチッと回し、ノルマンディ地方の生け垣からアルデンヌ高原、ドイツ、さらに戦後のアメリカと、人生をともにしてきたこの道具にもお別れしようというとき」

    ヨーヨーダイン社の取締役がリストラにあって焼身自殺しようとする場面ですが、この部分を読むだけで当時のアメリカ人であれば、「この人はアメリカ兵としてドイツと戦った歴戦の勇士なのに、復員後は職を失うような目に合わされている」とイメージさせられることになります。
    ジッポーは第二次大戦中にアメリカ軍へ大量納入されたことにより、今日の知名度を獲得しました。従軍経験のあるアメリカ人にとってジッポー=兵役時代の思い出となるわけです。
    また、ノルマンディはフランス北部にあり、ドーバー海峡を挟んだイギリスの対岸地帯ですが、ここは「史上最大の作戦」とも呼ばれる、第二次大戦における対ドイツ反攻作戦の舞台となった超有名戦地です。この一大反攻作戦を支え切れなくなったナチスドイツはずるずると後退し、ドイツ・フランス国境のアルデンヌにおいて一発逆転の反撃作戦を展開しますが(日本でも映画「バルジ大作戦」や「バンド・オブ・ブラザース」などで有名ですね)、当初は目覚しい成功を納めて連合国軍の心胆を寒からしめましたが、燃料不足・戦力不足などが原因で結局作戦は失敗に終わり、あとは降伏へと一直線に転がり落ちます。
    ちなみに軍オタの間では常識のテクニカルタームですが、「生け垣」は恐らく原文ではフランス語のボカージュ(Bocage)となっているはずです。これはノルマンディ地方における典型的農家に存在する防風用生け垣のことで、ノルマンディー上陸作戦に伴う一連のキャンペーンにおいて連合国と枢軸国の歩兵たちは、まるで市街戦のごとく、このしっかりした生け垣を身を隠すために利用して血みどろの接近戦・肉弾戦が繰り広げられました。

    P169L16「そんなに長いあいだ郵送が手間取っていたものかねえ?」

    1904年に投函された郵便物が60年後に届いたという話で、主人公はこれをまたも郵便制度にまつわる陰謀と絡めて考えているようです。しかし日本人には信じられないことですが、アメリカの郵便制度においては郵便物の遅配どころか紛失も日常茶飯事です。そのためアメリカの受験生は書類を決して普通郵便では送りません。必ず配達証明などで送ります。というより、郵便物が紛失もせずに確実に届くのは世界中でも日本ぐらいでしょう。それも最近では怪しくなってきていますが…

    P172L7「アラメダ郡拝死教」

    カリフォルニア州の郡ですが、前述のサクラメント同様、大陸横断鉄道の起点として有名です。
    またアラメダ海軍基地は、太平洋戦争における最初の対日反攻作戦とも言える東京爆撃作戦(ドゥーリット作戦)において、陸上爆撃機を無理やり積んだ空母機動部隊が出撃した港としても知られており、アメリカ人の誇りでした。
    それ以外に、ケネディ大統領暗殺を調査したウォーレン委員会のアール・ウォーレンがかつて検事を務め、辣腕を振るっていた地としても知られています。

    P212L5「「ウィンスロップ・トレメイン」と意気さかんに企業家が答えた」

    若者や女性向けにナチ親衛隊の制服を売ろうとする男の名前ですが、シンデレラ物語において、シンデレラをいじめる継母とその娘たちの名もトレメインです。アメリカではしばしば映画や小説などにおいて、エキセントリックな人物の名として使用されます。

    P222L12「『ダイオクリーシャン・ブロップ博士の奇妙なイタリア人遍歴物語』」

    解注にもあるようにダイオクリーシャンとは、ローマ皇帝ディオクレティアヌスを指しますが、清教徒革命において共和主義者として活躍したジョン・ミルトンの名がこの直後に登場することを考えると、本作においてはキリスト教迫害云々よりも、名目上共和制を維持していたローマ帝国を、実質的にも専制君主制にしてしまった実績の方が重要なように思えます。
    ディオクレティアヌスはその居城を度々キリスト教徒に放火されたことでも知られています。ヒトラーが戦前に独裁権を確立した際にも、共産党員による国会放火を口実にしたことが有名ですから、この二つのイメージを意図的に重ね合わせる目的があってディオクレティアヌスを登場させたのかも知れません。

    P228L5「ナパ・ヴァレー産のマスカテル・ワインを飲んだ」

    アメリカ産ワインの代名詞とも言えるナパ・ヴァレーワインですが、戦前までは、フランス産ワインのただのパチもの・パクリ・粗悪代替品に過ぎませんでした。それを大きく変えたのが第二次世界大戦です。これによりフランスはナチスドイツに征服されてしまい、更にその後の戦火によりワイン畑やワイナリー自体も大打撃を受け、フランス産の「本物」のワイン供給が数年にわたり激減してしまいます。この危機に乗じてアメリカ産ワインは今日の確固たる地位を獲得しました。
    ナパ・バレーと言う地名はインディアンの言葉に由来しますので、アメリカ人読者であれば、ネイティヴから奪い取った土地でヨーロッパ産高級品に取って代わる物を生産するという皮肉に微笑する所があるかも知れません。

    P243L15「1923年にドレスデンで開かれた競売会のカタログで消音器つき郵便喇叭を見たという王立郵趣協会にいる友人のおぼろげな記憶だとか」

    ドレスデンは現在のドイツの都市ですが、60年代当時はまだ東ドイツ領だったので、西側の人間が自由に入れるような場所ではありませんから、主人公は情報の信憑性について確認のしようがありません。しかもドレスデンは、第二次大戦中に連合国により行われた悪名高い大規模戦略爆撃により丸焼けになっており、ますます証拠探しが難しいのは勿論のこと、連合国民にとっては非常にバツの悪い思いをさせられる地名でもあります。さらに1923年というのは、第一次大戦の敗戦に伴う賠償金をドイツが滞納したことを口実に、フランスとベルギーがドイツのルール工業地帯を占領してしまった年でもあります。後世においてこの事件は、ナチスドイツを台頭させる原因になった愚行の一つとして評価されています。この占領は、有名なドイツのハイパーインフレーションの引き金にもなりました。

    P259L5「美しいモザンビークの三角切手が何枚か出まして」

    ジンギス・コーエンが競売会場にやってきた際の言い訳のセリフですが、この時期モザンビークはポルトガルの植民地支配を脱するための独立戦争(64〜)のまっただ中にありました。モザンビーク解放戦線はソ連からの援助を受けており、米ソ代理戦争の最前線となっていました。解放戦線指導者のエドゥアルド・モンドラーネがアメリカ留学経験があることや当時のアメリカでのベトナム反戦運動の盛り上がりに関連して、解放戦線のために多くの義援金が募られたり、義勇兵が参戦したりしています。
    モンドラーネが留学していたオハイオ州のオベリン大学は、設立当時から女性や黒人さえも差別せず入学させていたというアメリカでは極めて珍しい大学で、当時の公民権運動の盛り上がりによってただでさえ注目を受けていた大学です。また本作に関係しそうな人物に限ると、電話機の発明者としてはグラハム・ベルが有名ですが、彼より特許申請が数時間遅れたばかりにこの世紀の大発明を逃してしまったイライシャ・グレイや、俳優のオーソン・ウェルズもこの大学の出身です。

    P259L12「「あなた、ズボンの前があいてます」とエディパはささやいた」

    ジンギス・コーエンが社会の窓を盛大に開けっ放しでいたことは、前述のように主人公は彼との初対面の際から気付いていましたが、これまではスルーしてきたくせに、結末間際の今になってようやくそのことを指摘します。しかも、この直後にコーエンが差し出した腕を無視しているようにも取れます。



    という訳で、ようやく結末を迎えました。60年代に生きたアメリカ人読者が持っていたであろう常識や教養についてのネタ明かしだけにとどめ、小説のポストモダン的解釈などについてはあえて最小限度しか解説しませんでしたが、読書会の際に読んでみてよくわからなかった方も、これを参考にもう一度チャレンジしてもらえれば幸いです。

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      • 2017.08.14 Monday
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