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カズオ・イシグロ「日の名残り」を尋問せよ

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    3/21(水)名古屋会場 「柴田元幸が選ぶ3冊」
    http://mixi.jp/view_event.pl?id=68164438&comm_id=2226186

    こちらの読書会がまだ席が空いているようだけど、課題本はどれも非常に面白いのでもったいない。どれも一日かからず読める分量だし大きな本屋ならどこにでも置いてあるから(青空文庫にもある)まだ間に合う。三冊ともアフター3.11小説としても読むことが出来るので、この一年を振り返ってみるきっかけにもなる。
    特にカズオ・イシグロ「日の名残り」(早川書房)は、普通に泣き物語としても読めるが、時代背景などの知識を持っていると社会派小説としても読めるという二重性を持った非常に優れた作品なので、その簡単な読み方についてネタバレにならない範囲で書いてみる。
    ストーリーは宇宙戦艦ヤマト第1話風にまとめると…

    ○イギリス戦艦キングジョージ5世

    時に1956年。大英帝国は最後の時を迎えようとしていた。
    20世紀のはじめ以来、世界進出を着々と進めてきたアメリカ合衆国はついにヨーロッパにその魔の手を伸ばし、英国紳士のお館に対してドル紙幣による無差別買収を加えているのだ。
    イギリス人執事スティーブンスはメイドと従者をリストラし必死に生き延びたが、ジョン・ブルの懸命の努力にもかかわらずアメリカ成金ファラディは圧倒的に強力であり、イギリス人執事のコメディアン化を要求して情け容赦のないムチャぶりを繰り返してきた。
    次第にマジックポイントを失って行くイギリス人執事にとって、最後の頼みは元同僚の女中頭ミス・ケントンであったが、強大な時代の流れの攻撃の前に、今やジョン・ブル精神は壊滅しようとしているのだ。

    ○時代背景

    この物語は第二次大戦終戦から11年後の1956年7月から始まります。そしてこれは、巻末の解説にも少し触れられていますが、スエズ動乱(第二次中東戦争)の発生した年でもあります。この事件は、第二次大戦の勝利の余韻に浸っていたイギリス国民に、大英帝国の没落という事実を否応なく突きつけた、すべてのイギリス人にとって極めて衝撃的なものであったということを頭に入れておく必要があります。これにより、イギリス人読者はこの作品を単なる執事スティーブンスの没落物語ではなく、大英帝国の没落と主人公の没落とを重ねあわせてイメージさせられる社会派小説として読むであろうということが初めて想像できます。

    長年イギリスの準植民地として間接統治下にあったエジプトは、1952年のクーデターにより独立を果たします。そして56年に政権を奪取したナセル大統領は、未だイギリスの管理下にあったスエズ運河の国有化を、まさに主人公が旅を開始した7月に宣言します。
    これに反発したイギリスは、同じように植民地の反乱や独立の連鎖に悩まされていたフランスや、1948年の独立以来エジプトと衝突を繰り返してきたイスラエルと組み、スエズ奪還を目指して侵略戦争をふっかけます。戦況は終始英仏以三国同盟の圧倒的優勢のまま推移しますが、そこに第二次大戦後の二大スーパーパワーであるアメリカとソ連が手を組んで介入し、英仏以に対し撤退を要求します。そしてこの三カ国は為す術もなく、米ソの要求を無条件に受け入れ、エジプトから手を引くことを余儀なくされたのです。
    当時はまだ、「冷戦」という概念が広まっていなかったことに注意が必要です。第二次大戦前まで、世界の中心は米ソではなくヨーロッパ、具体的には英仏独でした。アメリカもソ連も、ちょっと力をつけてきた田舎者ぐらいの認識しかされていませんでした。しかし第二次大戦でナチス・ドイツが敗北し、英仏はなんとか自由と平和を守りきったものの(もっともフランスは一時ナチスの支配下にありましたが)、成り上がりモノである米ソの手助けがなければその勝利はありえなかったのです。ところが今では常識となっているそうした認識も、スエズ動乱までは世界中の教養ある人々の間でしか共有されていませんでした。50年代に入っても、英仏を含め世界の大衆の多くは「ヨーロッパが世界の中心で米ソは格下の成り上がりモノでありアフリカ・アジア・中東は英仏の植民地として指導される立場にある」と思い込んでいました。
    ところがスエズ動乱は、そうした思い込みを完膚なまでに打ち砕いてしまいました。「世界の中心」であったはずの英仏という列強二カ国が手を組んで、かつてはただの一植民地に過ぎなかったエジプトに戦争をふっかけたにもかかわらず、「成り上がりモノ」の米ソ二カ国が手を組んで、それも武力も何も使わない(無論威嚇はしているわけですが)ただの口先だけの外交的圧力をかけただけなのに、「世界の中心」の英仏はすごすごとエジプトから無条件で逃げ去ることしか出来なかったのです。イギリス人の誰もが、古き良き時代の終わりを認識せざるを得ませんでした。その衝撃は、日本人にとっての8月15日に匹敵するほどのものだったかも知れません。
    このように、イギリス人読者にとっては主人公スティーブンスの没落と悲劇は、大英帝国の没落という世界史的状況と重ね合わされて読まれることになります。

    ○ナチスドイツとイギリス人

    もう一つ重要なのは、スティーブンスの忠実で没個性な生き方と、ナチスを支持したドイツ国民との類似性です。心理学でよく取り上げられるアイヒマン実験でも有名ですが、ヒトラーを頂点として侵略戦争やホロコーストを行なって来たドイツ国民は、決して邪悪な人々だったわけではありません。ごく普通の、「忠実」で善良な、我々と何ら変わりのない市民でした。スティーブンスは新旧両方の主人にただ忠実に仕えて来た挙句、多くのものを失います。主人がいくら誤っていると思われていても、自らの異見は押し殺し、「優れた見識を持つご主人様」のために「忠実」に職務を果たします。しかしその結果旧主人は破滅し、新しい主人に対しても不都合な思いをさせています。イギリス人読者はここに、敵として戦ってきたドイツ国民と自分たちの共通性を見出し、苦い思いをさせられるはずです。
    作品中の村人などの口からも語られるように、イギリスは自由を守るために、邪悪な敵であるところのナチスドイツと血みどろの死闘を重ね、愛する人々を犠牲にしました。ところが、実は自分たちイギリス人も敵と同じような過ちを犯しているというわけです。

    ○ご主人様の過ち

    主人公スティーブンスの旧ご主人様であるダーリントン卿は、第一次世界大戦の敗北で過酷な賠償金を課せられたドイツに同情し、ベルサイユ条約の見直しを図りかつて敵同士であった英仏独の関係改善のために奔走します。ところがこの高潔な動機と行動力は、ナチスドイツの侵略政策に悪用されてしまい、戦後はナチ協力者として批判を浴び、没落の憂き目に会います。これは、史実におけるミュンヘン会談(1938)の流れに沿ったものです。物語はダーリントン卿を、ミュンヘン会談においてヒトラーにエサを投げ与え戦争を引き起こすことになった立役者として描いています。
    ヴェルサイユ条約により過酷な賠償金を課せられ、軍隊の制限どころか自国領の割譲や非武装化まで強いられていたドイツですが、1933年にヒトラーが政権を握ると、それらの条件をことごとく覆すばかりではなく、積極的に侵略的な政策を採って来ました。徴兵制を復活し再軍備を宣言し(1935年)、ドイツ軍の配備を禁止されていた独仏国境のラインラントに兵を進め(1936年)、隣国のオーストリアを併合してしまいます(1938年)。これらの大成功に調子を良くしたヒトラーは、更に隣国チェコスロバキアに対して、国境地帯のズデーテンラントの割譲を要求します。この北朝鮮の将軍様も真っ青のむちゃくちゃな強盗行為に対処するために開かれたのが、ミュンヘン会談です。
    泥棒さんのご招待のままにドイツのミュンヘンに集結した英仏伊の各国首脳ですが、現代の我々には信じられないことに、何と当事国であるチェコスロバキアには何の相談もなく、英仏独伊によりズデーテンラントのドイツへの割譲が決定されてしまいます。これにより当時の英仏首脳は、後世から悪し様に批判されることになります。この一事により「融和政策」という外交用語は今日、「悪魔との取引」という意味合いを持ってしまうことになります。実際、今日でも北朝鮮に対する弱腰な外交政策は、「ミュンヘン会談の再来」として批判されることがあります。しかし当時の人々の多くは、「これで平和は保たれた!」と大いに喜び、帰国したイギリス首相ネヴィル・チェンバレンは、国民から熱狂的な拍手喝采で迎えられたという点に注意が必要です。
    太平洋戦争中の朝日新聞や3.11以前の原発推進派のごとく、かつて「平和をもたらした救世主!」としてミュンヘン会談とその立役者達を熱狂的に支持していたイギリス国民は自分たちを棚に上げ、戦後はダーリントン卿のようなかつての「宥和主義者」を「売国奴」として非難し中傷し社会的に抹殺します。無論チェンバレン元総理もその一人です。チェンバレンと言う名は戦後は、殆ど「馬鹿」とか「売国奴」という言葉とセットで語られるものに成り下がりました。幸いなことにチェンバレン自身は開戦直後の1940年にさっさと死んでしまったために、ダーリントン卿と違い戦後も長く傷つけられ続けるといったような苦悩を味わうことはありませんでした。

    ○ハッピーエンドかそれとも…

    以上のようなことを踏まえずに、この作品を単なるスティーブンスの個人的物語として読んだ場合、結末は一種のハッピーエンドとして読むこともできます。しかし、より大きな社会風刺劇としてみた場合、むしろバッドエンドとしての要素が見えてきます。
    彼の失敗は、ドイツ国民が「偉大な指導者」であるヒトラーに自分たちの職務や分限の限りにおいて「忠実」に使えてきたのと同様に、善良で聡明なご主人様に執事としての職務のみにとどまり自己の意見や主張を押し殺し忠実に仕えてきたことによってもたらされたものです。ところが作品の結末では主人公は、これら失敗の原因について何ら反省も改善もしていません。単に新たなご主人様のお望みに従い新たなスキルを磨こうとしているだけです。これでは「日の名残り」たる人生の残された時間を、またもや今までと同様の過ちによりムダにしてしまう可能性さえあります。スティーブンスが過去を「過ち」として捉えるのであれば、あらたなる出発において心がけねばならぬことは、ご主人様が過っていると思えばそう意見し、ご主人様のことだけではなく自分の人生やそれに関わる周囲の人々についても注意をはらうことであるはずです。しかし結末からは、そのような兆候は全く見えて来ません。これはイギリス人読者にとっては、「今更過ちに気づいて反省してももう手遅れで、最早ご主人様(アメリカ)に意見をする力もないし、自分(イギリス)のことを考えるなどもってのほかで、ご主人様(アメリカ)に忠実盲目に使えてご機嫌をとりオコボレにあずかるぐらいしか選択肢はない」という悲劇を感じさせる結末なのではないでしょうか。

    ○一人称小説の恣意性

    月曜会では最近も三島由紀夫「金閣寺」や谷崎潤一郎「春琴抄」(トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」も含まれるかも知れませんが)など、本作同様の一人称小説が取り上げられていますが、いずれの作品も注意が必要です。なぜなら一人称小説は、書いてあることがそのまま事実であるとは限らないからです。「彼は〜と思った」といったような三人称小説の場合と違い、「私は〜と思った」という一人称小説の場合は、あくまでも主人公の主観が書かれているに過ぎません。つまりそこに書かれていることは、嘘や間違いであるかも知れないのです。例えば主人公は女中頭のミス・ケントンの好意に気づいていないかのように書かれていますが、それを鵜呑みにしてはいけません。同様に、ご主人様に敬意を払っているとか、ご主人様のことを恥とは思っていないといったような記述も、疑って読む必要があります。
    実際、作者自身も作品中で、主人公の主張における客観性が疑わしいというヒントを各所に散りばめています。その最たるものが、「五日目」の欠如です。旅行初日から六日目までの記録として書かれたこの作品に、なぜ「五日目」だけが存在しないのか。そしてなぜそのことについて主人公が何ら説明をしていないのか。書いては見たのだが都合が悪くて非公開としたのか、それともミス・ケントンとの再会があまりにも衝撃的で「五日目」を書けなかったのか。いずれにせよ、それについて主人公が不自然にも全く言及していない以上、この作品は「何かを隠している」「事実をねじ曲げて書いている」という可能性を常に頭において、疑って読み進むことが重要です。



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      • 2017.08.14 Monday
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