<< 昨日見たもの 昨日のかきこ | main | 反日マンガの世界(晋遊舎)雁屋哲「美味しんぼ」批判記事(続き) >>

スポンサーサイト

0
    • 2014.08.26 Tuesday
    • -
    • -
    • -
    • -
    • -
    • by スポンサードリンク

    一定期間更新がないため広告を表示しています


    反日マンガの世界(晋遊舎)雁屋哲「美味しんぼ」批判記事

    0
      雁屋哲「美味しんぼ」が「原発の放射能で鼻血出たニダ!」とか描いちゃって叩かれているようなんで、いやいや、美味しんぼがおかしいのなんて大昔からですよってことでオラが07年出版「反日マンガの世界」(晋遊舎)に寄稿した記事をあげとく。
      完成稿じゃなくゲラ前の下書きなんで、文の繋がりがおかしかったり誤字脱字があるのはご容赦。



       近年、グルメ漫『美味しんぼ』が何かおかしくなっていると思っている読者は多いに違いない。
       1985年に単行本の第1巻が出てから既に20年以上も続いてきたこの自称「グルメ漫画」は、低温殺菌牛乳が美味しいとか、輸入レモンは危険物質まみれであるとか、ワサビは醤油に溶かずに直接刺身につけて食べるのだとか、様々なグルメトリビアを取り上げることによって注目を集めてきたわけであるが、簡単に言ってしまえばこんな内容だ。
      「社会悪を追求する正義の使徒」を自認していると言う点で、朝日新聞をモデルにしたとしか思えない、「東西新聞」の文化部を舞台に、グータラ記者の山岡士郎と入社したての栗田ゆう子がその持ち前の味覚を見込まれ、社を挙げた一大企画「究極のメニュー」作りの担当に抜擢され、天才芸術家で美食家でもある海原雄山の「至高のメニュー」と対決する。しかしその雄山は実は、山岡の実の父だった……。
       この設定自体、なんだか巨人の星や北斗の拳などともどこか通じるような「宿命の対決」物であり良く考えると結構失笑物なのであるが、最近、この作品を「グルメ漫画」であると定義すること自体がかなりおかしいことになってきているのだ。
      例えば、第76巻収録「中華と中国」のエピソード。この話は、山岡の上司である小泉局長が中国の要人を「支那そば屋」に連れて行ってしまったことから発生したトラブルを描いている。中国の要人は「支那」という言葉を見て無礼であると怒りまくり、東西新聞社自体が未曾有の危機に見舞われる。山岡は、支那という言葉について局長に滔々と解説し、こう結論付ける。
      「最近、支那は蔑称ではないと主張して、中国を支那と公の場で呼ぶ政治家や物書きが増えてきた。幼稚で未成熟でみっともないね」
      これに対して局長も、「支那という言葉がどんなにいい言葉であろうと、蔑称ではなかろうと、相手がいやだと言うことは、やめればいい」と納得して見せるのだ。
      この余りにも中国の身勝手な言い分を鵜呑みにした主張についてはインターネット上でも失笑交じりの検証が各所で行なわれており、「支那ってもともと中国自身が使った言葉だろ」「“中華”という選民思想の言葉を使う方がおかしい」「“東シナ海“も改名させられるの?」「日本の”支那“にはケチをつけるのに欧米の”チャイナ“には何も言わないのは差別だ」などと、素人にさえ簡単に反論されてしまっているような有り様だ。そればかりではない。山岡は中松警部という警察権力まで介入させ、なんとその「支那そば」の看板を「ラーメン」の看板に替えさせてしまっているのだ。雁屋が批判してやまない朝鮮人の「創始改名」もビックリの横暴である。
      それはさておき、この「グルメ漫画」の中で、支那そば、いや、ラーメンについての解説はどれほど描かれているのかと言うと、全21ページ中、なんとたったの4ページに過ぎないのだ。しかも、その内容たるや、カンスイを使わないところやダシの取り方などが本場の中国とは違うのだという、なんともおざなりでとってつけたような印象を拭えない。むしろ、雁屋自らが信奉する中国の主張を漫画で代弁するためにラーメンをダシに使っていると見るのが妥当であろう。少なくとも、近年益々強まっているこの傾向が、グルメトリビアを作品に求めていた読者からそっぽを向かれている最大原因であることは間違いない。そりゃ、料理について描いてあると思って読んでみたら、実はただの政治プロパガンダ漫画だったとすれば、読者離れが進むのも当たり前だ。
      創始改名のついでに、雁屋の韓国に対するスタンスについても検証してみよう。第22巻収録の「韓国食試合!<3>」では、山岡一行が韓国を訪れ、日本語を話せる現地の老人と出会い、「当時の日本政府は、朝鮮、韓国人を働かせるために、強制的に日本に連行したんだよ」「それも普通の市民や農民が日常生活を行なっているところに、突然警官がやって来て、トラックに乗せて連行したりした」などと、今では完全に論破されている「強制連行」神話を吹聴している。それどころか、山岡はさらに「強制連行よりもっとひどいことを、日本は朝鮮、韓国に対してたくさんしているよ」と何ら「ひどいこと」の具体例を出さずに日本を貶めるばかりか、栗田は「日本人が過去に犯した過ちを知らないのは、世界中で日本人だけだなんて……」などと嘆いて見せるのだ。我が国では一時期「軍に強制連行された従軍慰安婦」などのサヨク謹製フィクションが歴史教科書の紙面を賑わせたことがあるが、それらの虚偽性が暴露されてからは教育の現場から消え去りつつあることは事実だ。栗田は、そのような悪質なねつ造話を教えられてしまった生徒達の不憫さこそ嘆くべきことであろう。
      また、第55巻の「韓国と日本<前編>」では、韓国人と結婚しようとして親族に反対される女性を登場させ、栗田ゆう子に「偏見や差別を、自分たちの親しい人間から取り除くことができないなら、私たち人間としての価値がないわ」などと語らせている。
      剣道やサッカーまで朝鮮の発明であるなどと主張して世界の失笑を買い、竹島のみならず対馬まで自国領土だと主張し日本漁民を数多く銃撃し殺すようなことまでしてきた韓国人たちの驚くべき暴虐さと、我が国における全外国人犯罪の大部分が韓国人によるものである(スリにいたっては9割以上)という事実を聞かされれば、どこの馬の骨とも分からぬ外国人との結婚に親族が懸念を抱くのは例え相手が韓国人以外の外国人であっても無理はないと思うのだが、身内に対するそうした自然な愛情も、雁屋にとっては許しがたい差別だというわけだ。ところで、韓国人に対する差別を批判する雁屋だが、朝鮮民族が歴史的に見て現在に至るまで、日本人を初めとする外国人に対する文明人離れした差別意識を持った得意な民族であるという事実には頬被りを決め込んでいるようだ。そればかりか、韓国人同士の間でさえも性別、地域など様々な違いを理由にした差別意識はすさまじく、特に障害児至っては人間扱いさえされず、養子縁組と称して海外に棄民されているケースも多数報告されている。03年8月2日付の朝鮮日報によるとその数は、2000年で634人だという。同年韓国国内で引き取られた障害児は18人に過ぎない。先日も「ザ・ノンフィクション」というフジテレビ系列の番組で、韓国男性の許へ嫁いだ日本人女性達の苦悩が紹介されていたが、そこで紹介された「普通の韓国人夫」は、嫁に「竹島は韓国の領土だ!」とつめより、奴隷のようにこき使い、姑にいたっては嫁の目の前で「うちの息子ほどならもの凄くいい(韓国人の)嫁が選べたのに」と嘆いてみせるという、差別云々以前に文明人にあるまじき姿が描き出されていた。このような民族と親戚となるなど、例え日本人でなくても躊躇するであろうことは間違いないと思うのだが、雁屋にとってはそうは思えないらしい。
      のみならず雁屋は、山岡に「日本の天皇家は、朝鮮とつながっていることです」と語らせ、古来日本人が、朝鮮民族のような迷惑な連中さえも寛大に受け入れて来たことを示す事実を持ってして、「韓国にはっきりと謝らなければなりませんよ」などと強弁するのだ。ちなみにこの回も、グルメについて描いているのはたったの4ページに過ぎず、「イギリス人でも牛の各部位を35種類にしか分類していないのに、韓国人は120に分類する」といった類の、読者がそれほど興味を示すとは思えないおざなりな、韓国人の牛食いトリビアを紹介するに止まり、残りの17ページは政治的プロパガンダに費やしている。もはや雁屋を「サヨク」として認定してもなんの差し支えもなかろう。このエピソードに続く後編においても、たったの4ページを使って唐辛子が日本から朝鮮半島に伝わったことと「強制連行されて来た在日一世たち」が食べた韓国料理を紹介するのみで、残りで描かれているのは「朝鮮併合」と「朝鮮語の授業を禁止」し「朝鮮人の土地を取り上げ」たこと、そして「創始改名を強行」したということなのである。
       実際、紹介した回以外にも、最近の美味しんぼにおいて特に顕著な傾向として、グルメ漫画を自認しているにもかかわらずなぜか、グルメはそっちのけで強制連行問題や差別問題など、中国や南北朝鮮が頻繁に持ち出してくる政治問題を扱い、既にねつ造や事実誤認が判明しているいい加減なサヨク的妄言を垂れ流して読者の失笑を買うという事態が頻発している。そればかりではない。雁屋は、日本は在日韓国・朝鮮人を差別する恥ずかしい国であると描くだけでは飽き足らず、差別のない「世界でも一番進んだ思想であるオーストラリアの多文化主義」(第33巻収録「魅惑の大陸<後編>」)に憧れ、なんとそのオーストラリアに移住してしまっている。しかし、かつて在日が北朝鮮を「地上の楽園」と信じて日本を後にし、過酷な末路を送ったのと同様、雁屋が「地上の楽園」と信じたオーストラリアは、原住民アボリジニーなどに対する態度を見るだけでも日本とは比べ物にならない差別がはびこる国であった。最近まで白豪主義を掲げ、そもそも建国の事情からして原住民を虐殺し土地を奪ってきたのだというこの国の歴史を考えれば、そんな事は移住するまでもなく簡単に分かりそうなことなのであるが、お花畑な脳みその持ち主である雁屋にはわからなかったらしい。しかしさすがに実際に移住してみると、アジアの有色人種である自分がオーストラリアの白人たちから差別されるという現実に嫌でも気づかざるを得なかったのか、第65巻収録の「オーストラリアの危機<中編>」ではそれまでの主張を一転させ、オーストラリアの差別主義を痛烈に批判している。雁屋はその転向の事情について、オーストラリアがかつての多文化主義から現在の差別主義に変わってしまったからであると、あくまでも原因は自分にはないと主張している。それどころかこのエピソードの中では何と、前述の、「日本人の差別にあって結婚に反対された」韓国人の口を借りてオーストラリアで差別主義が台頭しつつあるという怪しげな解説をさせた上で「とにかく今はあまり行かないほうがいいと思いますが……」とまで言わせ、日本人がオーストラリア観光に訪れることさえも危険であると主張しているのだ。外務省の海外安全情報でだってそんな危険があることが告知されたことはないのに、雁屋の脳内にだけは、渡航を差し控えるほどの危険性があるように見えるようだ。
       こうしたズレは、我が国で反日運動や環境保護運動などに走るサヨクな人々に共通したものである。かつて朝日新聞やサヨクが「地上の楽園」と喧伝してきた北朝鮮は、今やその実態が暴露されている。そのような曇った目を持っていると言うだけでも、彼らのズレは致命的なものであるのだが、そうした過去を反省することもなく、未だに親北朝鮮の運動に携わっている点などを見ると、そのズレは庶民からのズレではなく、むしろ人類の良識からのズレとでも言うべきものであるようにも見える。もっとも雁屋の場合、多数の朝鮮人を騙して金体制の地獄に突き落とし死に追いやった朝日の罪に比べれば、自身とその不幸な妻子にしか実質的な被害が及んでいないという点で、はるかにマシと言えるかもしれないが。
       さらに例を見てみよう。第59巻収録の「マルチメディアと食文化」の回で、「月賦」でパソコン「マッキントッシュ」を買った山岡が、社内のコンピュータ事業部にあるパソコンを見て「ふん。ウインドウズマシンか………」と軽蔑する。そればかりか、担当者の藤村にさらに因縁をつける。
      「その画面のダサくてみっともないこと、まともな美的感覚があったら使えたもんじゃない!」
      マッキントッシュという優れたシステムがあることを知らないばかりに大勢の人間がコンピュータで苦労し

      スポンサーサイト

      0
        • 2014.08.26 Tuesday
        • -
        • 16:46
        • -
        • -
        • -
        • -
        • by スポンサードリンク

        コメント
        コメントする









        calendar
           1234
        567891011
        12131415161718
        19202122232425
        262728293031 
        << March 2017 >>
        PR
        selected entries
        categories
        archives
        recent comment
        links
        profile
        search this site.
        others
        mobile
        qrcode
        powered
        無料ブログ作成サービス JUGEM